2016.1.30 高谷家のリビング
「この百合って子は図書委員長なんだって。返却忘れると家まで取り立てに来るんだって」
高谷修平が、秋倉高校の手書き案内を父親の修二に見せながら、河合先生から電話で聞いた話を伝えていた。
「それってさ、わざと本返さなければ、百合ちゃんが家に来てくれるってことだよね」
『修平君……』
後ろで先生が呆れている。わざと本忘れようかなという冗談(本気ではないことを先生は切に願っている)はもう何度も聞かされていて、そのたびに同じ反応をしていた。
楽しそうな息子とは対照的に、父親は渋い顔で眉間にしわを寄せている。高谷修二の若い頃を知っている先生は、それを見て歳を取ったなと感じたが、幽霊になった今となってはそれすらも羨ましい。子供の成長を見守りながら歳を重ねたかったが、その夢はもう叶うことはない。そんな先生の姿を、修平の父親は見ることができない。
「女の子に悪ふざけは駄目だ」
高谷修二は真面目である。
「野郎友達と同じノリで冗談をふっかけたら、あっという間に嫌われるぞ」
「いっつも同じこと言うね」
「毎日同じバカを見てるから。余計な一言で怖い女に睨まれてる」
「それってお宅のママさんのこと?」
修平はあくまで楽しそうだが、父親はそうは見えない。学校の女の子より、何倍も冗談が嫌いそうだ。
「それより、聞きたかったのは、親父が会った久方はどっちって話」
「何回同じことを聞くんだ?」
父親はもう、この話にはうんざりしているようだ。
「だってさあ、本人に会ってから『なんのことですか』って言われたら困るじゃん」
「そんな昔のことは覚えてないんじゃないか?十……へたしたら20年近く前。お前、6歳とか8歳の時のこと覚えてるか?まさか1歳の」
「ママさんが金のなる木をベランダで枯らしてたよね。植物育てる才能ないのに鉢植えたくさん並べてた。あれが1歳のときだと思うな。6歳の誕生日、ケーキのろうそくが5本しかついてないって、親父買い足しに行ってたよね。8歳のときは親父がソロで出したアルバムが売れなかったから……」
修平はそこで口をつぐんだ。父親が自分を見る目が白けていて、明らかに機嫌が悪そうに見えたからだ。
当の高谷修二は、単に息子の記憶力に呆れていただけだった。どうしてこんなに何もかも覚えているんだろう?自分も妻ユエも、人はよくても頭は全く良くないのに。でも、冗談の通じない父親に困惑している顔は、明らかに、自分の若いころそのままだ。
「いや、あのさ、あのときはたまたまさ」
修平は慌てて『余計な8歳の話』のフォローを始めたが、
「アルバムの話はもういい」
父親は立ち上がり、
「質問はあとで送っとけ。暇があったら返す」
と言いながら出ていった。ろうそくを買いに行った頃の息子を思い出しながら。あの時も入院していて、もう一緒に外には出られないのではと思っていた。その子は今、一人で遠くの学校に行こうとしている。
父親が家を出たすぐ後、修平は先生に真顔でこう言った。
「でも親父、いっつも暇だよね」
先生は苦い顔をしながら下を向いて頭を抱えた。この調子では、『百合ちゃん』にも真っ先に嫌がられるに違いない。




