2016.1.24 保坂んちの車
4時半頃。
奈良崎保は、親友の生存を確認するため、エリカ(仕事がらみのディナーに外出中)が作ったツナおにぎりを持って保坂の家へ行き、ガレージ(最近シャッターは開いていることが多い)の車の扉を叩いた。
後部座席で寝ていた保坂の父親は、めんどくさそうにのっそりと起き上がった。ダウンジャケットに薄汚れた毛布、元々悪い顔色が、今日はさらにどす黒い。
俺は食欲ねえんだ。秀にもってけ。
ゲートを突破できたらな。
暗い顔の男は、それだけ寝言のように呟くと、またすぐ横になってしまった。
家のインターホンを鳴らしたが、出ない。
先に保坂にLINEで知らせるべきだったかと思って門から離れると、ちょうど本人が歩いてきた。
弁当の袋を持って。
もう買ってきちゃったべ。
保坂秀人は、笑いながらガレージに入り、おつまみと弁当を棚に置いた。父親の分だそうだ。
奈良崎は予定を変更し、うちに来いと言って、遠慮する保坂を無理やり自分の家に連れていった。
6時頃、松井カフェを訪れた客は、毛深い親父が妻が出かけたのをいいことに『女とは何か』を次世代に暑苦しく語るのを目撃する羽目になった。
久方の『名無しのもう一人』もソファー席にいて、威嚇する猫を横目で気にしつつ、古くさい親父と、何度も聞いた話に心底うんざりしている息子と、変にニヤニヤしている隣のメガネを、懐かしいものを見るような優しい目で眺めていた。
一人、みんなの正体を知っている松井マスターは、何も言わず、カウンターから変な客たちを見守っていた。




