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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年1月

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2016.1.23 研究所


 研究所の1階。

 ヨギナミは、揃ってため息をついている藤木と所長を、苦笑いしながら交互に見守っていた。学校帰りに、佐加が不法侵入したお詫びに研究所に行くからついてきてほしいと藤木に頼まれ、最近自分もあそこには一人で入りにくいからちょうどいいと思って、ついてきてしまった。佐加は杉浦と宿題でまたもめていて、こちらには気がつかなかった。

 藤木は物心ついたときから近所の佐加に振り回され続けていて、代わりに謝りに行くのが癖になってしまっている。『藤木が謝る必要なくない?』と、浜の人も秋倉の人もみんな思っているが、本人はどうにも気がすまないらしい。

 所長は、ずっと青ざめた顔で下を向いている。佐加の襲撃?がよほど怖かったらしい。聞こえずらい小さな声で『いかに自分が怖い思いをしたか』ぼそぼそとしゃべり続けていた。いつもヨギナミの家に来る『名無しのおっさん』とはどう見ても違う人だ。後ろでは助手が、藤木を怖い目で睨み、挨拶もせず、ずっと黙っていた。

 大人しい二人(見た目はあまりにも違うけど)が佐加の蛮行を嘆いている間、ヨギナミは弱った所長を観察しながら考えていた。あの幽霊は、いつから所長に取りついているのだろうかと。

 聞いてみたかったが藤木はいるし、所長も、それこそ亡霊のように弱々しく元気がないので、やめた。



 君は浜に住んでるの?



 所長が藤木に子供っぽい聞き方をし、自分の実家も神戸だから海は近いとか話し始めた。ヨギナミは、この所長が自分から言葉を発するのを初めて見たような気がした。しばらく二人で海の話や、震災がどうとか、津波警報で避難したときは小学生で、あの佐加ですらテレビを見てひどく怯えていたとか、でもその3日後には藤木のヘアサロンから客用の雑誌を盗んだとか、そんな話をしていた。その間、助手は客を無視して部屋に戻り、天井からは『早く帰れ』と言いたげな不気味なピアノ曲が聴こえ始めた。来てから1時間は経っていたので、お詫びの浜昆布を渡して研究所を出た。去り際に所長は藤木に、



 4月にサキ君が来るから、よろしくね。

 またおいで。



 そう言って、今日初めて笑顔を見せた。自分や佐加には絶対にそんなこと言わないのに。ヨギナミは少しだけそれが不愉快だったが、きっと藤木は信用できると思ったのだろう。それか、単に佐加をかわすのに都合がいいと思ったか。



 あれは駄目だわ。俺と同じだ。

 佐加みたいな奴につけこまれるタイプだ。

 あの所長絶対利用されてるな、あの助手に。

 態度だけでかくて、客が来てもなんにもしないのな。前もそうだった。

 東京から来るのも似たような奴なんじゃないか?



 帰り道で、藤木らしくないきつい意見が出た。ヨギナミは、サキという子はあかねが呆れるくらい真面目だから大丈夫と言ってみたが、



 平岸から見りゃ誰だって真面目だ。



 何の慰めにもならなかった。本来これは佐加の問題であって、藤木は何の関係もないはずなのだが……。



 ま、いいか。本人の勝手だし。



 藤木は駅で別れるとき、ヨギナミに丁寧にお礼を言い、危うく浜行きのバスに乗り遅れるところだった。同じグループの仲間にさえこれだ。真面目すぎる。

 ヨギナミは半分感心し半分呆れながら、走り去るバスを見送り、気持ちを切り替えてレストランへの道を歩き始めた。今日もバイトだ。行く前に借りた本を読もうと思っていたのに、急な用事が入ってしまった。


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