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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年1月

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2016.1.22 研究所

 久しぶりに外を散歩して気分よく帰ってきた久方は、研究所に誰かが来ていることに気がついた。廊下に明かりがもれている、近づくと、



あー!!こいつホソマユに似てね!!



 忘れもしない佐加美月の甲高い声と、変態らしき笑い声が聞こえた。映画の音声らしき音も混じっている。勝手に入ってきてDVDでも見ているのだろう。

 久方は真っ青になりなから、そーっと、足音を立てないように玄関に戻ると、外に飛び出し、除雪用のスコップや園芸用品を入れている裏口の小屋まで逃げた。せっかく雪道を気分よく散歩してきたのに、佐加と平岸あかねに遭遇して遊ばれては、一日が台無しだ。

 小屋の中に座り込み、震える手で助手に電話した。



 あぁ?んなもん普通に入ってって、邪魔だから帰れって言えばいいだけだろ!?なにをビクビク逃げ回ってんだ?普段から甘い顔して来るのをほっとくからこうなるんだろ?俺はピアノ弾き始めたばっかだぞ。



 あっさり切られた。役に立たない上に暴言でさらにダメージを与えてくる。いつものことだが。

 座り込んで頭を抱えていると、こんどは早紀からメールが来たので、かけてみることにした。事情を説明すると、



 あー、それは私があかねに、所長と一緒に映画見たって話をしたからかもしれまセン。同じことしてもかまわないと思われたのかも。



 早紀はすまなさそうに言ったが、一緒に見るのと、留守中に侵入して勝手に部屋を占拠して見るのとでは、全く行為として質が違う。久方がそう文句を言うと、



 所長。



 早紀が神妙な声になった。



 厳しいこと言ってもいいでスか?



 何だろう?

 久方は少しだけ身を正した。



 所長が人を遠ざけてるだけじゃないでスか?

 他人が興味をもってくれることって、めったにないことなンでスよ?どーでもいいオッサンには誰も近づきまセン。わざわざあんなに町から離れた場所に来るのは、所長に何らかの魅力があるからでス。気になって仕方ないだけでスよ。



 違う。違うよ。

 久方はそう言いたかったが、どう説明したらいいかわからなかった。佐加が探しているのは、そっくりな顔の別人で、自分ではない。平岸あかねに至っては、漫画のネタを集めているただの変態だ。



 それにでスね、その子たち、もしかしたら私の友達になる人かもしれないじゃないでスか。

 むやみに仲悪くされると、今度は私が研究所に行きづらくなるンでスけど。



 声に少し笑いが混じっていた。久方は追い詰められたような気分になった。



 できる限り穏便に対応するよ。



 それしか言えなかった。

 通話を切り、助手にまたかけてみたが、出ない。役たたずにもほどがある。でも、本当に無能なのは自分だ。まともな大人なら、逃げ回らずにちゃんと対処するだろう。なぜこんなに人が怖いのだろう。しかも相手は自分より一回りは年下の女の子だ。

 ため息をついて板壁にもたれ、天井を見上げた。やはり、昔と何も変わっていない気がする。存在しない人間として、倉庫に閉じ込められていた子供の頃と。

 しばらく、何も考えずにぼんやりと黒ずんだ木の板壁を見つめていた。静けさと冷たさが、久方の心を少しだけ静めたが、今度は体か凍えてきた。戻った方が良さそうだ。少なくとも、今は閉じ込められたりしていない。いい年の大人なのだから、自分のことには自分で対処しなければ。

 裏口から中に入り、一階の部屋をそーっと覗くと、もう女子二人はいなかった。代わりに、助手がソファーにふんぞりかえってテレビを見ていた。



 平岸のハゲ親父に電話したら、すぐ連れ出しに来た。



 助手はテレビから顔を動かさずに言った。



 あの親父は若いのの扱いに慣れてるな。一応来ないように注意するけど、簡単には言うことを聞かないだろうって。

 思春期の娘なんて持つもんじゃないな。大変だぞあれは。



 助手はそれ以上話す気がなさそうだったので、久方も部屋に戻った。早紀にも一応メールで事の顛末を送っておいた。しばらく、いや、できれば永遠に、二人が訪ねて来ないことを祈ったが、一緒に早紀までここに来ることを禁止されないか心配だ。

 今日はとりあえず助かったが、いずれ自分が対応しなければならなくなる日は来るだろう。

 なぜ、こんなに人が怖いのだろう?

 久方は同じ問いを頭で繰り返していたが、そんなことをしても無駄だとそのうち気づき、残っている書類仕事を片付けに、一階に戻っていった。


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