2016.1.7 ヨギナミの家
おう何だ、次は猫か。
杉浦に渡された『我輩は猫である』を手にとって、例の目付きの悪いのが笑った。昼頃にふらっと現れ、眠っている母あさみの顔をのぞき、顔色悪いなと呟きながらキッチンに入ってきた。病院で見てもらったから大丈夫とヨギナミは説明しながら、平岸ママの『作りすぎ』がもう残っていないのを残念に思った。正月どこにいたのと尋ねたら『ずーっと寝てた』とだけ答えた。
こないだの本の感想聞かれてうまく答えられなかったから、それなら簡単だろうって。
ヨギナミは年末年始に『我輩は猫である』を読み終わったが、この人が来そうだと思って返さないでおいた。例の質問も、杉浦にはまだできていない。
あの奇人:杉浦でも、女性と話したくなることがあるのだろうか。
なめられてるな。
そう言いながらも、変な人は床に座り、ページをめくり始めた。
今度、谷崎潤一郎の『痴人の愛』っての借りてみろ。杉浦が持ってたら。
返すときに、
『あなたに女の官能なんて理解できるの?私はわかるわよ』
って言ってみろ。笑えるぞ。
変な人は意地悪く、かつ快活な笑い声をあげ、ヨギナミは面食らって真っ赤になっていた。ただでさえ母の不倫疑惑で町の人からきつい視線を向けられているのに、自分までそんな態度になったら、それこそ何を誤解されるかわからないではないか。
変な人は、また夕方まで本を読み、
俺もこの猫みたいなもんだな。
と、意味深な言葉を呟きながら棚に戻し、帰っていった。
ヨギナミはクリスマス以来、夜のカフェで聞いた話をずっと頭に反芻させ、こう考えていた。
今の変な人は、
あの古本屋の赤毛の少年かもしれない。
昭和の時代を生きていた……。
それなら、本が好きなのも不思議ではない。わざわざうちに来て読むのは、何か理由があって普段読めないからではないか。なぜ所長にそっくりな若い少年の姿なのか、それだけがまだ謎だが。
ヨギナミは、学校の図書室で何か借りておこうかなと考えた。ただ、伝説の図書委員長:伊藤百合は返却期限に厳しいから長くは借りられない。杉浦に借りるのが一番いい。本を広める事に過剰な情熱を持っているから、貸し出しを断られる心配はまず、ない。感想をやたらに細かく聞かれるのは嫌だが。
それとも、いっそ杉浦に『読んでるのは例の別な人』と打ち明けるべきだろうか。うまくいけば仲良くなれるかもしれない。本好き同士で。あの杉浦なら、上手く正体を聞き出せるかもしれない。杉浦といい、変な人といい、自分はどうも本好きと縁があるようだ。
ヨギナミはしばし、杉浦と変な人が本の話をしている未来を空想したのち、バイトの時間を思い出して家を飛び出した。




