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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年1月

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2016.1.5 松井カフェ


 早紀の転校が決まった。

 4月には引っ越してくる。

 このまま隠し通すのは無理だ。

 別人が町の誰と仲良くしてるか知らないが、早紀の前にだけは現れてほしくない。

 絶対に。





 久方創は、松井カフェのすみっこの席にいた。

 空いていればいつもそこに座る。目立ちたくないからだ。

 いつもならコーヒーを飲みながらぼんやりと店内の様子を眺め、客の話し声に耳をすませながら過ごすのだが、今日はカウンターの中のマスターをちらちらと見て落ち着きがなく、目が合いそうになると慌てて下を向いていた。

 要するに挙動不審だ。

 マスターの眼光が見逃すはずがない。



 久方さん。コーヒーおかわりは?



 マスターはすぐにサーバーを持ってやってきた。久方は真っ赤になって、微かな声で結構ですと言った。



 何をやってるんだ……。



 久方は落ち込み始めた。本当は『僕前に来たのいつでしたっけ?』とマスターに尋ねる予定だった。

 財布に入れていたコーヒーチケットが、減っていた。

 別人がここに来たに違いない。自分が最後に来たのは雪が積もる前で、今年は今日が初めてだ。マスターが覚えていたら、別人が何をしているか知ることができるかもしれない。久方はそう思って久しぶりに(かなり勇気を出して)来た。


 質問できないまま、既に1時間半経過していた。

 コーヒーだけでこれ以上粘るのは良くない。



 帰ろう。



 久方は立ち上がり、無言でマスターにチケットを渡した。ちょうど客が入ってきたので、特に会話もなく終わった。

 窓辺の灰色のねこは、気持ち良さそうに昼寝している。うらやましいほど平和そうだ。



 今日は機嫌がいいな。前に来たときは、威嚇されたなあ。毛を波立たせて、たしか雪が降っていて、閉店後だから店内は暗くて……。



 久方は店を出たところで立ち止まった。



 雪?暗い?



 おかしい。夜中にここに来た覚えはない。

 でも、暗い店内と威嚇するねこの映像は記憶にある。



 怯えた顔で振り返ると、

 そこには昼間の店内ではなく、ランプに照らされた夜中の光景があった。


 そこには別人がいた。

 別人に操られている自分が。


 堂々とソファー席に座って、女の子に何かを熱心に話しているが、内容はわからない。



 忘れ物?



 立ち止まっている久方に気づいてマスターが出てきたが、久方は店の奥に目を向けたままだ。



 大丈夫?顔色がよくないけど。



 久方はマスターに背を向けて数歩歩くと、

 崩れるように、雪の上に倒れた。


 店内の客がすぐに気づいて駆けつけた。久方は意識を失っていた。休憩していた商店街のじいさんが、バンで診療所に運んでいった。









 ただの貧血?なんだよ、思春期の女の子か?

 ちゃんと飯食わないでふらふら歩くからそうなるんだろ?冬だからってこもりきりで運動もしないでさあ。店でなんか食った?コーヒーだけ?うちでポットにいれさせろよそんなもん。



 2時間後、迎えに来た助手は、車の中でさんざん文句を並べた。ピアノの練習をしようとしたちょうどその時に連絡が来たので、あからさまに機嫌が悪かった。



 別人が、夜中にカフェに行ったみたいだ。映像だけ記憶から出てきた。



 久方がつぶやくと、助手は急に車を止めた。



 それで?



 助手の顔は珍しく真剣だった。



 誰かと話してた。でも顔は見えなかったし、内容もわからない。



 閉店後に勝手に店に入れるほど、別人はマスターか、その女の子と親しいということだ。

 居場所を、ただでさえ少ない行ける場所を奪われ始めている。しかも勝手に誰かと仲良くして、何を話されたかもわからない。怖くてたまらない。

 でもそんなことをこの助手に話してどうなる?



 面倒起こしてないんだろ?じゃあ気にするなって。ほんとにまずいことしてたら出入り禁止になってるだろ?



 助手は陽気に言ったが、久方はうつむいたまま答えない。



 自分のことじゃないだろ?早く忘れて元気出せって。おまえ絶対なんか食ったほうがいいわ。このまま隣町まで行って飯食うか?



 返事を待たずに、車は再び走り出した。

 雪原は夕日に輝き、オレンジと白の光で風景を彩っている。


 でも今日の久方には、その美しさが見えなかった。


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