2016.1.3 研究所
それは、遠い昔のこと。
倉庫の冷たい床に、子供が一人横たわっている。
全く生気を感じさせず、動きもしない。まるで忘れ去られた人形のようだ。目だけはうっすらと開き、ぼんやりと小さな窓を見ている。四角形は鮮やかに青い。晴れているようだ。
あの向こうに行きたい。
かろうじて考えられるのはそれだけだ。
でも、出られない。
外から鍵がかかっている。
ここから出られるのは、
いつからか現れたもう一人だけだ。
母親は気が狂ってしまった。
それとも、自分が悪いのだろうか。
外ではもう一人が自分の体を操り、母親と暮らしている。
昔は、自分がそうしていた。
ある日突然、変わってしまった。
今は誰も、
閉じ込められているほうには気がつかない。
自分がここにいる限り、母親は外に出してくれない。気まぐれなもう一人は、眠りたいときに限ってなかなか現れてくれない。
ここで目覚めて、ここで眠る。
それが、全てだった。
たまに現れる母親は、自分を見るたびに失望し、無言でドアを閉め、鍵をかける。
泣きわめいたり、すがりついたり、
そんなことは、
大分前に、諦めてしまった。
早くいなくなってしまいたい。
消え去ってしまいたい。
あの空の向こうに。
子供はひたすら、それだけを夢見ていた。
それが、母親の望みだからだ。
久方創は目を覚ましていた。ベッドに横たわったまま、窓から見える空をぼんやりと見つめていた。 あのときと全く同じ、鮮やかな青い色をしている。
でも、ここは倉庫ではない。
閉じ込められてなどいない。
窓は大きく、自分が寝ているのは床ではなく、温かいベッドだ。
自分を『発見』して養父母になってくれたおじ夫婦もいる。少ないが友達もいる。自分のことは自分でできる。完全に忘れ去られていた、無力なあの時とは違う。
なのに、なぜだろう。
何一つ、あの頃とまるで変わっていない気がするのは。
ゆっくりと起き上がり、机や本棚、ポスターを見回した。自分が今どこにいるか確かめるために。
ベッドから出て窓を開けた。冷たいが、清らかな空気が入り込んできて、久方の不穏な思い出までも冷ましてくれる。日差しも眩しい。今日の晴れは本物だ。雪の照り返しが宝石の塊のように、林の向こうの地平を輝かせている。
この光の中では、いつまでも過去になど浸ってはいられない。
窓を閉め、時計を見ると、8時。
久方は慌てて着替え、一階に降りた。天気がよければあの大木に案内すると、早紀に言ったのを思い出した。今日ほどふさわしい日はない。それに、明日にはまた東京に帰ってしまう。




