2016.1.2 サキの日記
どうして玄関にカギをかけないんですか?
私はもう何度も、所長に同じ質問をしてる。でも、曖昧に笑うか、田舎だからと答えるだけ。変態(平岸あかね)に覗き見されたり、秋倉高校の生徒が勝手に入ってきたりして、いつも文句を言ってるのに。
平岸ママの『作りすぎ風呂敷』を抱えて研究所に行ったら、玄関の扉がおもいっきり開いていた。両手塞がってたから助かったけど、外気温マイナスなのに換気でもないだろうし。
一日遅れのおせちを所長と食べた。あまり食欲がないみたいだったから、7割以上私が食べたんだけど。今日の所長は元気がないみたいだった。でも、雪だるま計画にはポット君と乗ってくれた。雪玉を転がそうと思ったら、固くてうまく丸くならない。仕方ないから雪を回りから押しつけて大きくしてみた。製作上の成り行きで、雪だるまはぶっとい雪ポット君となり、所長に撮ってもらった写真を見たら、お手伝いのポット君が誇らしげな顔とポーズで写ってて笑えた。
さすがに寒くなってきたから中に入って、コーヒーを飲みながら古い映画の話をした。
喜怒哀楽とか、悪役とヒーローの違いがはっきりしているところが今の映画よりわかりやすい。なにより廉価なDVDが、レンタル並に安く手に入るし、作品の質も年月を経て残っていることで保証済み。現代の作り手は大変ですねと前にカントクに言ったら『最初から対抗する気ないわヨ』と言われたけど。
新しい映画は最近見てないな。そういえば。
所長は映画館には行かないそうだ。人の多いところが苦手らしい。あと、閉鎖的な空間も。
大分前に行ったことがある。すごく小さな映画館で、やっぱり古くて珍しい北欧の映画なんかをやってたんだけど、今はなくなっちゃった。
残念。
『我らの生涯の最良の年』を二人で見直した。
廉価に出てる古い映画の中では一番の傑作。水野晴郎は10数回見たという。DVDやビデオではなく、映画館に行かなきゃいけない時代だとしたら、すごい話。今私たちが、動画を10回再生するのとはかかる労力が違いそう。
所長を東京に連れていきたくなったので、少しでも来れませんかと聞いてみたけど、黙って首を横に振られた。シネコンでもカントクのおバカ劇場でも何でもいいから、今の作品を、家ではなく外で見てほしかった。
人が多いのが苦手ということは、刺激に敏感なのかもしれない。音とか光とか。普通の人は何とも思わない日常に引っかかる。
私もそう。
平岸家に帰ったら、ちょうどうちのバカが車に乗り込もうとしてる所だった。
サキが出かけちゃうせいで一緒に過ごせなかったからさあ、どう?これから研究所とかいうとこに行って所長さんにご挨拶を……グファッ!!
言い終わる前に私は奴のみぞおちを狙ってニータックルをし、伸びた所を車に押し込んでドアを閉め、平岸パパに向かって
空港へ!早く!
と叫んだ。
平岸パパは爆笑しながら車を発進させ、後ろで一部始終を見ていたあかねはぼやいていた。
家庭内暴力を目撃しちゃった。
なのに、笑っちゃうのはなぜかしらネ。
どーでもいいわ。
さらば豚まん。
夕飯の席で話題になったのは、純也さんの彼女のこと。なんと、もと平岸家の下宿生で、一緒に秋倉高校に通っていたそうだ。
彼女を追っかけて神奈川に行ったのヨ。
あかねはそう言い張っていたけど、純也さんはあくまで希望の学部がどうとか言って否定し続けていた。彼女はもともと神奈川育ちだけど、親に『問題』(詳しくは教えてくれなかった)があるから、高校3年間はこちらで過ごしていたという。今も親とは連絡を取っていないらしい。なぜ神奈川に帰ったんだろう、危ないのに……という発言が平岸夫妻から出るということは、そうとうヤバい親を持った子なんだろう。純也さんが言うには、その親は自分が育った山奥の田舎に帰って、今は神奈川にいないから大丈夫とのこと。
サキも今度来る少年とラブラブになるかもヨ……ウフフフフ。
私は思った。それは絶対にあり得ない。
でも、あかねのことだ、事実がなくても勝手に妄想して言いふらすに違いない。クラスで一緒の人に聞かれたら全力で否定しないと……私はどうやら、転校する3ヶ月も前から、ゴシップ対策を考えなければならないらしい。
夜にはいつもの『バカピョーン』メールが復活した。母からもメールが来てた。あけましておめでとう。元気?と。一日遅れで。
うちって何なんだろう?
いつものことだけど、今年は平岸家と所長の新年を両方見たから、考えてしまう。
一家勢揃いどころか、よその子まで巻き込む平岸家。
一人で新年を迎えて3時まで寝てた所長。
バラバラの一歩手前の、新橋家(うちを『家』と読んでいいのか、私は今迷った。そういうのとはなんか違う気がする)
母まで平岸家に来たら、それはそれでかなり気まずそうだけど。




