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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年1月

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2016.1.1-2 サキの日記


 2016年最初の朝は、オタクの絶叫とともに始まった。





 起きろ!!

 起きなさいヨこの!!



 そんな怒鳴り声とともに、ドアを蹴破られそうな衝撃音が部屋中の空気を揺らした。私は目だけはめっちゃ覚めてたけど、あまりの怖さにしばらく硬直してから……飛び起きた。

 早朝に初日の出を見ながら初詣すると、きのう言われてたのを忘れてた。

 私は寝てますから勝手にみんなで行って……と言うには、ドアの前のあかねの形相が怖すぎた。どこかの門の仏像のように目を見開き、怒りオーラを全身から発していた。逆らえば地獄行きだ、間違いなく。


 車で待っていた平岸夫妻と純也さんは、あかねとは対照的に穏やかに笑っていた。たぶん新年はこっちが普通。あかねは本当に機嫌が悪いらしい。車の中でも鬼のまま、一言も発しなかった。

 車窓からは、不思議なほどきらめいている雪原、そして目の前には、初日を反射して光輝く平岸パパのハゲ頭。思わず拝んでしまったら、反対側の純也さんが真似をした。平岸ママがそれに気づいて、まだ拝むのは早いでしょと言い、平岸パパは大声で笑った。あかねはそんな全てを完全無視。


 小さな町の神社は、予想より混んでいた。賽銭箱がある本殿の前には列が出来ていて、並んでいる間に雪が降ってきた。

 寒かった。

 だけど、神社のまわりの木々に雪が舞い降りる様子はとてもきれいで、特別なものに思えた。


お守りが何種類かあったから、自分用と所長に買った。私はここで、自分の父親、つまりバカがいないことに初めて気がついた。



 いくら叩いても蹴っても起きないから置いてきました!!



 平岸ママに聞いたら、きっぱりとこう言われた。

 お守りより鉄拳をお見舞いするべきだったかもしれない。



 おみくじも二種類あった。純也さんがにこにこしながら近づいてきて、



 200円の引くと大吉出るよ。

 俺は100円の引くけどね。

 早紀ちゃんどうする?

 100円のなら俺が出すよ。

 凶が出たら笑うけど。



 もちろん100円のを『おごりで』引いた。吉だった。可もなく不可もなく。話題的には凶が出たほうが盛り上がったかもしれない……と思ったら、あかねが叫んだ。



『色事に注意しなさい!』

 きっとラブラブな二人が私にネタを提供してくれるのね…それがウケすぎてトラブルになるのヨ……ウフッフッフッ。



 急に機嫌が良くなったあかねを、家族はみな、呆れ笑いで見守っていた。



 一回変な男に騙されればいいよ。ほんとに。



 純也さんがぼやいた。彼女いるんですかと聞いたら『神奈川にいるよ』と言われた。ちょっと残念。親もよく知ってる子らしい。平岸ママが帰りの車でやたらに『来年はうちにつれてきなさい』『私が料理を教えてあげます』と脅し、純也さんは私を見て小声で、



 助けて、まだ別れたくない。



 と言った。狭い車内だから全員に聞こえた。平岸パパは爆笑し、あかねは、ママのせいであたしたちは一生一人で妄想して生きていくのヨとぼやき、純也さんはおまえと一緒にするなとただちに反論。平岸ママだけはそこで黙り込んでしまい、家につくまで一言も喋らなかった。



 平岸家に着いて、まだ寝てるバカの頭にお守りを乗せようとしたら、腕をつかまれて布団に引きずり込まれそうになったので、思いきり蹴ったら、やばいところに直撃した。



 バカは10時頃まで食卓に出て来れず、私たちは昨日の残りに、さらに重箱を3つ足した量のご馳走をいただいた。この時点で作りすぎだとみんなが思ったが、まさか次が来ようとは、誰も予想していなかった。



 食べ過ぎで息が苦しかったので、散歩ついでに所長のところに行った。

 玄関のカギは開けっ放し。でもいつものカウンターにはいなかった。二階に上がって、部屋のドアをノックしても返事なし。ドアノブに手をかけたら、あっさり開いた。

 部屋は暗かった。遮光カーテンは閉じたまま。3時を過ぎていたのに、所長はおもいっきり寝てた。寝顔はほんとに子供にしか見えなくて、かわいいけど、本人には言わないほうがいいような気がした。本当はいい年の大人だから。

 カーテンを開けて光を入れてみたら、所長がちょっとだけ動いた。



 だって仕方ないじゃないか……。



 所長がうわごとみたいな変なことを言い出した。半目で私を見て、さらに何かつぶやいて……いきなり目を大きく見開いた。寝ぼけてた人が起きた瞬間。何を夢見てたのか知らないし、所長には悪いけど、なんか笑える。



 明けましておめでとうございまス。



 私はわざと真面目くさった顔と声で言った。ほんとは笑いをこらえるのが大変だった。


 一階に降りて、あの夢の二人のことを話したけど、小さな子が所長だということ以外は、まだ何もわからない。所長はあの女の子が私に似てると言うけど、年齢的に合わない。

 あれは一体誰なんだろう。




 夕方に平岸ママから帰れメールが来たので、夕陽にきらめく雪原を歩いて帰った。所長は正月も一人。なんだか不思議な気がした。あんなに穏やかで優しいのに、隣に誰もいないなんて。親に頼る年齢ではないのかもしれないけど、今日だけは何か引っかかる。



 平岸家に着いたら、テーブルがまた料理で埋めつくされていて驚いた。もう食べられません!!歩いて帰ってくる間も実はお腹が変だった。



 ママはあたしたちをデブにして殺す気なのヨ!!



 あかねがキレた。



 料理のほとんどは冷蔵、または冷凍されることになり、私は平岸ママの命令で所長にメールを送った。



 明日の朝作りすぎを届けるから、朝も昼も用意しないで!!




 波乱の正月・平岸家版は、こうして終わった。





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