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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2016年1月

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2016.1.1 研究所


 正月、昼過ぎ。


 久方創がうっすらと目を開けると、誰かがベッドの隣で自分を覗きこんでいた。



 小さい頃の自分が、

 枕元で、こちらを見下ろしていた。

 恨みに満ちた顔つきで。



 だって仕方ないじゃないか。



 久方は苦痛を感じながら頭の中で叫んでいた。



 あのときはあれが手一杯だったんだ。

 あれしか自分が生き延びる道はなかったんだ。

 黙って引き下がるしかなかったんだ……。



 相手は久方の答えに満足していないようだ。じっと、責めるような目を向けて離そうとしない。












 明けましておめでとうございまス。



 子供が口を開いた。その瞬間に、久方は完全に目を覚ました。



 いくら寝正月でも、もう起きてくだサイ。

 玄関のカギも開けっ放しでス。無用心すぎまス。



 それはまたしても自分ではなく、勝手に入ってきた新橋早紀だった。

 来たときといい、どうして早紀はこんなに似て見えるのだろう、昔の自分に。

 久方は低く呻いて目元に手を当てた。いつのまにかカーテンが開けられていて、昼間の光が眩しい。壁の時計は午後3時。



 初詣には行かないんでスカ?平岸家は朝の6時に行きまシタよ。5時にあかねが起こしに来まシタ。めっちゃ怖かったンでスよ。怒鳴りまくられて。



 久方は、この町に神社があることすら知らなかった。知っていても、人の集まるところだ。行かなかっただろう。

 早紀は神社で買ったという小さなお守りをくれた。なぜか魔除けと書いてある。一瞬慌てたが、



 邪悪な助手のピアノをよけられるといいでスね。



 と言われて安心した。もちろん効くとは全く思っていないが。着替えるから下で待っててと早紀に頼み、いつも通り着替えて下に降りた。ポット君がすでにカウンターにコーヒーを運んで来ていた。



 元日から来ていいの?平岸家は?お父さんが来てるんじゃないの?



 早紀はポット君を指でつつきながら言った。



 昼までにはごちそうを全て食べ終わりまシタ。パパもママもテレビ見ながら寝てまス。バカもテレビに夢中でス。あかねとお兄さんは部屋にこもりまシタ。食いすぎでダウンしてまス。平岸ママがまた作りすぎて……。



 どうやら、一般の家庭では、もう正月のメインイベントは終わっているようだ。平岸家が普通かどうかはわからないし、平岸あかねが一般的だったらすごく嫌だが。




 久方は特に何も用意していなかった。普通の日とたいして変わらないからだ。ここ数年は。



 祝いたい何か、おめでたい何か。

 そんなものは、元々自分には、ない。



 早紀が町に来ているのだから、何か用意しておけばよかった。久方は家にあるものを思い出そうとしていたが、食糧庫の米とお菓子くらいしか思いつかない。だいいち、食べ物は平岸家で十分のはずた。



 所長、私に似た女の子に会ったことがあるんでスカ?



 早紀がそんな質問をしてきた。久方はないと答えた。ただ、例の夢に出てくる子に似てる気はするとも。



 そうでしたカ。夏に『本当に僕に会った記憶ない?』とか言ってたから、前に私に似た子に会ったことがあるのかと思って。



 違うよ。



 久方は思ったが、またしても声が出ない。



 似た誰かに会ったんじゃない。

 昔、僕はサキ君みたいだったんだよ。

 徹底的に打ちのめされる前までは。

 人生を、誰かに奪われる前までは。



 そんな話は、若い人には重すぎて不気味がられるだろう。久方は何も言わなかった。ただ、早紀があの夢についていろいろと彼女なりの解釈をするのを、黙って聞いていた。自分の意見が自由に言えるのはいいことだ。邪魔をしてはいけない。むやみに押さえつけたら、言いたいことを言えない人間になってしまう。怖くて何も口にできない。そういう人生は辛い。


 久方は誰よりも、そのことを知っている。




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