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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年12月

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2015.12.30 サキの日記


 ポット君の顔が面白い。液晶なのか何なのか知らないけど、表情が顔文字のようにころころ変わる。ほんとに嬉しかったり怒ってたりするのかはわからないけど(機械だから)顔だけ見てると、ほんとに感情があるように見える。笑ってみろとか怒ってみろとか言って遊んでたら、急に充電しますとか言って走り去ってしまった。追いかけてみたら、キッチンでコンセント自分でさして、笑顔を表示したまま止まってた。充電中は話しかけても反応しないらしい。



 窓を割ったとき、怯えてカーテンの隠れてた。



 所長が言うには、機械が怯えても作業に支障が出るだけで意味がないと思って、制作者にそう言ってみたらしい。



 そしたら、怯える設定なんてしてない。お前が怯えてるのを見て学習したんだろって言われた。

 たぶん僕じゃなくて、助手が虫を怖がって走り回るのを見たからじゃないかな。



 怪しい。私は『最近怖いことなかったですか?』と聞いてみた。所長は『僕はない』と言い張っていた。ただ、ヨギナミの友達のうるさい女の子が、最近窓辺に現れてお菓子をよこせとかよその家でケンカしてるとか、時にあかね同伴でしつこく喋りに来るから迷惑はしてると。

 きっとその子もあかねも、所長が気になって仕方ないんだろう。わざわざ来たくなる気持ちがなんとなくわかる。私だって、道に迷って一度来ただけで終わっても良かったのに、気になってまた探し出してしまった。

 ほんとに怯えるようなこと起きてないんですか?とさらに聞いたら、その話はやめようよと言われてしまった。私は夏に所長の部屋で見たフェザーザップのポスターを思い出したので、ボーカルが誰か知ってるか聞いてみた。



 僕、会ったことあるよ。



 所長はそう言いながら得意気に笑った。でも、詳しく話を聞くと、なんだかあやふやで本当かどうか怪しい。小さい頃に何度か一緒に遊んで、ギターをさわらせてもらった記憶がある。でも、いつどこでかは覚えていないという。似た別な人と間違えてるか、単に好きすぎて夢見ちゃったか、どっちかかもしれない。

 私はポスターの高谷修二の、あの親しみのある顔を思い出した。私ですらあのポスターを見て『よく知っている人みたい』と感じたから、所長が会ったことがあると言い出してもおかしくはない……たぶん。

 10年以上前のヒット曲をCDの棚から引っ張り出して聞いてたら、外の天気が暗くなってきた。



 雪がひどくならないうちに帰ったほうがいい。



 所長はそう言ったとき、すごく残念そうだった。もっと音楽の話がしたかったのかもしれない。でも、私が林の道を歩いてる時点で、雪の降り方がだいぶ強くなってきていた。視界がきかなくなったらどうしようと思うくらい、歩きにくくて、軽い恐怖を覚えたほど。平岸家が見えたときには本当にほっとして、早く中に入れてもらおうと走って……おもいっきり転んだ。ひねった筋が未だに痛い。


 家には見知らぬ男がいた。あかねの兄、純也さんが神奈川から帰ってきた。平岸ママにそっくりな顔で、最初内気そうに自己紹介してたけど、話をしてるうちに平岸パパみたいな親しげな話し方になってきた。あかねと違ってわりと普通の人みたいだ。



 うちの妹に変な漫画見せられなかった?



 まず聞かれたのがそれだった。油断するとネタにされるから気をつけてねと言われた。変態ホットヨガの話をしたら、それはぜひ見たかったなあと言い出し、後ろで平岸ママが嫌そうな顔をしていた。


 夕飯食べてアパートの部屋に戻ってから、私は所長にあの悲しい曲を知ってるか聞いてみた。『こんな言葉を知ってるか……もう戻れやしないから』のあれだ。



 知ってるよ。

 あのアルバムの中では一番よく聴いてたよ。



 予想通りの返事が来た。夢の話もそうだけど、所長、私に合わせて話を作ったりしてないだろうか?なんだか、前から趣味も気も合いすぎて怖いくらいなんだけど。

 所長の存在自体が、なんだか現実ばなれしてる気もするし。


 かわいい少年の姿をしてるけど、いい歳の大人で、

 なぜか白衣を着て、廃墟に住んでいて、

 自然が好きで、一人で歩くのが楽しそうだけど、

 時々、本当に小さな子供みたいに、さみしそうな顔をする。


 そりゃ、近所の学生も気になって訪ねてくるだろうし、あかねだって妄想するだろう。助手がどんだけ美形か知らないけど。



 イメージ、イメージ。



 見た目や表面的な態度、職業は、その人の本質を必ずしも表していない。私は急に、つい先週まで考えていたことを思い出した。

 所長の本質って何だろう?

 自分のこともわからないのに、私は今、それが気になってしかたない。

 そして、誰にでもラブラブ妄想するあかねの本質も……あまり知りたくない。




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