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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年12月

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2015.12.26 研究所


 助手が札幌に帰った。

 明日新橋早紀が来るから気をきかせたのか、とっとと休みに入りたいのか……たぶん後者だろう。自分がいない間のことは心配していないようだ。どうでもいいのかもしれない。久方だって、本当はこんなピアノ狂いの短気な男に頼りたくない。

 でも、今のところ、『別人』をやり過ごせる人間は他にいない。



 その『サキ君』には、正直に言っとけ。



 出るとき、助手はそう言って自分の連絡先を壁に留めた。そんなことしなくてももう知っているのに。



 あとでいきなり乱暴な奴に出くわしたら、ショックで絶交されるぞ。お前じゃないってちゃんと説明しとけ。そいつが本当に知能高いなら理解するだろ。



 絶対に嫌だ。

 久方は、新橋早紀にはそんな話はしたくなかった。早紀には何も隠せない気がするが、それはあくまで自分のことだ。他人の話なんて一切したくない。自分ならともかく、別人の存在なんか知られたくないし、下手に知られて仲良くされては困る。



 今年も神戸に帰んないの?



 久方は黙ってうなずいた。あの人たちにはもう世話になりすぎている。これ以上迷惑をかけたくはない。



 あ、そうだ、電話、ナンバー出るやつに替えたから。



 いつのまにか黒電話は姿を消し、最新の、味気ない電話に変わっていた。久方は言われて初めて気がつき、ショックを受けた。あの古いのが気に入っていたのに。

 黒電話はどうしたのか聞いたら、届けに来た業者が持っていったと。助手は『所長』が受けた衝撃を理解せず、具合が悪くなったら知らせろ、親にも電話くらいしろと叫びながら出ていった。



 人を何だと思ってるんだ……。



 しばらく呆然としていたが、気を取り直すためにキッチンに行き、ポット君にコーヒーを頼んだ。

とりあえず助手はいなくなった。しばらくあのピアノからは解放される。久方はそれだけでもほっとしていた。

 明日が楽しみだ。でも、早紀は来週、秋倉高校の先生と面談で、本当にこちらに引っ越してくるかはその内容にかかっている。

 きっと今頃、緊張しているに違いない。学校は苦手だと何度も言っていたから。しかも親は頼りにならない。同じように集団が苦手で家族に頼れず、悪口に耐性のない久方には、早紀の状況は他人事とは思えなかった。



 でも、サキ君はまだ若い。

 今から大事にしてあげれば、

 きっと間に合う。

 僕みたいにはならなくてすむ。



 ぼんやりとそんなことを考えながら窓の外を見ていた。雪が降っている。年末年始、未来のある子供たちは親のもとで過ごし、未来のない自分には……休み中だろうと容赦なく雪が降る。別人が出てくる心配も常に消えない。早紀にだけは、そんなことは知られたくない。



 しっかりしないと……。



 久方は珍しく外を眺めるのを中断し、建物の掃除を始めた。これが助手なら蜘蛛がいようとネズミがいようと、かえっていい気味だから対処する気もしないが、早紀が相手だとそうはいかない。不気味な場所だと思われないようにしなくては。



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