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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年12月

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2015.12.25 松井カフェ ヨギナミ


 バイト終了後。夜中。

 帰りたくないヨギナミは、閉店後も後片付けや掃除を言い訳にレストランに居残っていたが、オーナーが車で送ると言ってくれたので甘えることにした。秋倉駅まで行ってもらい『家まで車のほうがいいんじゃないか』と心配する雇い主に丁寧にお礼を言ってから、寒空の下を歩き、商店街に向かった。ある期待を抱きながら。

 松井カフェの、微かに明かりが見える窓をそっと覗いて、様子を伺った。中には松井マスターが見えるが、テーブルに伏せていて顔が見えない。ランプを一つだけつけたまま、眠っているようだ。

 向かいのソファーには、目付きの悪い小柄な男が仰向けにもたれかかっている。手足をだらしなく広げて、待ちくたびれて退屈しているように見える。



 また……。



 去年も同じだった。帰りたくないヨギナミのことをどう知ったのかは知らないが、24日の夜だけ、マスターは閉店せずに待っていた。ヨギナミが来るかどうかもわからないのに。例の誰だかわからないのもいたが、去年はまだ所長だと思っていた。態度が大きいのは酒に酔っただけだろうと。そのあと全く話題に出さないのも、酒のせいで覚えていないからだろうと、ヨギナミは思っていた。



 おう。



 誰だかわからない人が、飛び起きてこちらに手を振った。マスターもゆっくりと起き上がった。疲れているようだ。ヨギナミは申し訳ないと思いながら、ゆっくりとドアを開けた。



 あらやだ、すっかり眠りこけてしまったわ。



 マスターはカウンターの中に入り、誰だかわからない人は、ヨギナミに笑いかけながら、指でテーブルをコツコツ叩いた。ここに座れという意味だ。ヨギナミはそこに座り、出されたコーヒーカップを手に取った。中身はコーヒーではなく、紅茶だった。ほのかにショウガと蜂蜜の香りがする。カップを持つ手は震えた。雪の中、長い距離を歩いたせいで体が冷えきっていた。



 これはここだけの話だからな。

 誰にも話すなよ。

 俺にもな。



 不思議な前置きをしてから、謎の人はある古本屋の話を始めた。父親と息子が二人で暮らし、石炭ストーブに早朝火を入れるのは息子の仕事で、父親は無口で、なぜかいつもニット帽をかぶっている。息子は生まれつき赤毛で近所の子にからかわれ、ひねくれて外に出ずに本ばかり読んで過ごすようになり……古本屋の中のものや様子、出てくる人の名前からして、どうも、ヨギナミは知らない大分前の昔話のようだった。マスターが、古本屋のラジオでかかった曲名や、当時のニュースが話に出てくる度に、それは70年代の歌じゃなかったかとか、その頃は娘がまだ小さくて可愛いかったとか、昔は髪を染めるのは不良だけだったわねーとかつけ足した。

 でもこの小さな所長は、まだ20代のはずだ。

 今自分の目の前にいるこの奇妙な人は、一体誰なのだろう?

 ヨギナミは不思議に思いながら、自分は全く知らない昭和の話を聞いていた。





 いつの間にか眠っていたらしい。



 奈美ちゃん。起きて。



 声とともに目に入ってきたのは、朝日の眩しい光……ではなく、にっこりと笑う平岸パパのハゲ頭が発する光だった。

 朝6時、店内は暗く、マスターの姿も例の人の姿もない。きっと帰って眠っているのだろう。



 家まで送るよ。それともうちに遊びに来るかい?



 ヨギナミは帰りたくなかったが、人の迷惑をこれ以上増やしたくなかったので、家まで送ってもらった。

 恐る恐る鍵をあけて中に入ると、母は眠っていた。ワインボトルとグラスが、使われたまま放置されている。二人分。



 ヨギナミはワイングラスを、汚いものをこそぎ落とすかのように乱暴な手つきで洗い、ボトルは中身を流してゴミに投げ入れた。


 なぜこんなことをしなくてはいけないのだろう。



 キッチンの机に座ってぼんやりしたあと、ふと、あの番号にかけてみようかと思って、しばらく携帯を持ったまま考えたが、やめた。

 今かけても、きっと、自分が話したい方の人物は出てこない。

 そんな気がした。

 ヨギナミは自分が眠る前に聞いていた話を思い出そうとした。確か、古本屋の息子がビルの窓から飛び降りようとしたら、風を操る奇妙な男に壁際に吹き飛ばされて止められて、実はそいつは同じ高校の生徒で……。


 本当にあったことなのか、

 作り話なのか。





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