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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年12月

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2015.12.24 松井カフェ


 カフェはいつもなら7時ごろに閉店する。松井マスターは一度奥に戻り、煮物とごはん、味噌汁のいつもと変わらない夕飯を食べた後、ストーブの前で横になって仮眠を取っていた。

 いつもなら10時前には寝てしまうのだが、今日は夜更かしをしなければならないのだ。


 夜中に特別な客が来る。

 多分、二人。


 全く、保坂の旦那には呆れる。今までいろいろな客を見てきて、駄目な人間にもそれなりの美点や愛らしさを見つける才能がある松井マスターだが、あの保坂という男にはどうしても好感が持てない。息子がかわいそうだ。あんな真面目な子は今時珍しい。いい子すぎて心配なくらいだ。

 光輝く平岸さんから聞いた話だと、保坂はいけしゃあしゃあとこう言っているらしい。



 あいつと寝たのは一度だけで、しかも随分前の若い頃の話だ。今は一切会ってない。

 誰だって間違いくらいあるだろう。いつやったかも忘れたような大昔の失敗でいつまでも責められちゃかなわん。

 黙ってりゃみんな平和に暮らせるのに、馬鹿な女どもが言いふらすから子供まで苦しむじゃねえか。



 そう言いながら、今日は与儀あさみの所へ行っているのだ。今日だけではない。この十数年、ずっとだ。

 おかげで保坂の奥さんと子供は辛い思いをし、

 ヨギナミはこんな寒い氷点下の日に、家に帰れない。

 帰りたくないに決まっている。



 マスターは10時頃に目を覚ました。

 店に戻って暖房をつけ直し、お手製のハニージンジャーがまだ残っているのを確認して、音楽をかけた。

 懐かしいクリスマスソング。

 夫が生きていた頃は、毎年クリスマスパーティをやった。筋金入りの変人だったから、クリスマスには似つかわしくないものをわざと並べて客を驚かせた。お得意の中華料理とか、中南米の名前が覚えられないような料理、今日は手で食べろ、箸もフォークも渡さんと客に強要したインド料理。手を洗いたい客がトイレやキッチンに列を作ったことを除けば、インド・クリスマスはマスターのお気に入りの思い出だ。黒いアラジンに扮装した夫が、ランプのかわりにカレーの入った容器をこすろうとして、カレーに指を突っ込んで『アチャチャチャ!!』とのたうち回り、みんなはそれを見て大笑い。後でそのカレーは実は冷製だったことが判明し、驚く皆に夫が言った。



 あんなクソ暑い国で熱いカレーなんか食えるか!!




 思い出にふけっているうちに時間は過ぎていき、誰かがドアを叩いた。一人目が来たなと思った。



 カギかかってませんよ。



 マスターが呼びかけると、一瞬の躊躇ののち、ドアが開いた。

 現れたのは久方創だ。

 ただし、さっきまで新橋早紀と話していた方ではない。



 チケットないんだけど、

 ここにいてもいいか?



 目付きの悪いのが、気まずそうに言った。去年と全く同じだ。眠っていたねこが突然目を覚まし、毛を波立たせて客を威嚇し始めた。マスターが手で合図すると、床に飛び降りてカウンターの下に隠れた。



 コーヒー一杯くらいならおごってあげてもいいですよ?今日だけね。



 マスターはわざと意地悪く笑った。何かを企んでいるかのように。



 ただし、いいかげんあなたの正体を教えてもらわないとねえ。お客さん。

 今なら誰も聞いてないしね。



 久方(に似た誰か)は戸惑ったのか、しばらく席にはつかずに、店の真ん中に立って店内をぼんやりと見ていた。

 マスターがコーヒーをソファーの席に置いた。

 正体不明の人物は、ゆっくりとその席についた。




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