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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年12月

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2015.12.24 研究所

 ク~リスマスヴ~!ク~リスマス~ゥ!!


 早朝、隣の部屋からクリスマスソングが鳴り始めた。

 しかも今日はピアノだけではなく、助手の下手くそな歌までついてきた。ピアノのレベルからは想像できない極度の音痴である。どうしたらこんなに外れた音程を出せるのか。原曲を聞いたことがないのだろうか。

 久方は耳を塞ぎながら軽くうめくと、慌てて飛び起きて着替え、一階に走って逃げた。

 時計を見ると、6時ちょうど。

 後ろからポット君が追いかけてきた。音痴はまだ歌い続けている。コーヒーいる?の問いかけと同時に、久方は両手で顔を覆ってその場に崩れ落ちた。悪い夢なら早く覚めて!と思いながら。


 ジングルベェールジングルベェ~ル!!フォ~!!


 もはや、頭が狂ったとしか思えない絶叫が響いてきた。


 クリスマスは、久方が最も嫌いな日である。嫌な思い出があるからではない。思い出自体がないからだ。ドイツにいた頃のクリスマスだけはおぼろげに記憶しているが、今思うと本当に起きたことなのかも怪しい。そもそも、自分の記憶に確かなことなど一つもない。

 街中でクリスマスのきらびやかな装飾や、カップル、家族を見かけるたびに、自分はどこかおかしいのではないかという気分にさせられる。今は田舎の建物にこもっているから、そういうものを目にする機会はない。普通の、いつもと変わらない日だと思って、さっさと過ぎ去るのを待つ。久方は最初からそう決めていた。



 しかし、そういう時に限って、

 奴等は来るのである。






 ママがまた作りすぎちゃったのォ。ウフフ。



 昼近くになって、平岸あかねと、なぜか佐加が、大きな風呂敷包みを持って現れた。

 二人とも頭に安っぽい赤のサンタ帽をかぶり、意地悪な……いや、楽しそうな笑みを浮かべていた。


 久方は愛想笑いをしながら心で叫んだ。



 だからその配布リストから僕を外して!!





 おおー!!すげえ!!

 七面鳥!!



 使えない助手は中の料理を見ながら歓声をあげた。すっかり餌付けされている。隣でいやらしく微笑むあかねはまるで悪魔だ。人を誘惑して悪事を働かせ。地獄に突き落とす類いの。しかも服装まで、谷間を強調した黒レース。一体何を誘惑する気なのだろう?



 所長さー、彼女いないの?



 悪魔その2、佐加が素朴な疑問を発した。黒レースより攻撃力の高い質問だ。久方は頭を勢いよく横に振った。目を閉じているうちに世界が全部消えればいいと思いながら。


 佐加は特に反応せず、二人はもう一つの風呂敷包みと、旅行のように大げさな荷物を持って出ていった。ヨギナミの家に向かうようだ。



 何よあの変態!?



 二人がいなくなったあと、助手はいつも通り悪態をつきながら、ケーキをつまみ食いしていた。言動不一致も甚だしい。食べるのは夜まで待とうと久方は言った。夜くらい静かに過ごしたい。助手がピアノを弾くのを防ぐ確実な方法は一つ。何でもいいから食わせておくことだ。不本意だが、これは天からのささやかな恵みということにしておこう。久方だって、食べるのが嫌いなわけではない。あかねの妄想と、佐加のしつこさが嫌いなだけだ。



 風呂敷包みを冷蔵庫に放り込んだあと、久方はいつも通りカウンター窓でコーヒーを飲みながら、窓の外を眺めていた。天気はあまり良くない。雲が多く、薄く灰色に染まっていて、流れも早い。

夕方には雪になりそうだ。



 ほんとに、いつもの曇りの日と何も変わらないのにな……。



 久方は、勝手に今日の日付に意味付けをしている自分を奇妙に思った。

 でも、まったく気にならない人なんているだろうか?そういう人になってみたいものだ。まわりが誰かと一緒に幸せそうにしているのを、全く自分に関係ないと切り捨てて平然としていられるような人に。


 今日の久方には、それは無理な相談だった。

 天井から、乱暴なクリスマスソングが聞こえてくるからだ。

 あの助手は、自分も一緒に過ごす人がいないくせに、何を朝から一人で盛り上がっているのだろう?





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