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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年12月

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2015.12.23 狸小路


 アーケードの下、灰色の石畳の上を、人が絶え間なく行き交っている。外気温がマイナスに近くても、人は華やかなところに出かけるのをやめない。

 なぜだろう。

 歩き疲れた久方はぼんやりと考えていた。単なる買い物なら今はネットがあるから家でもできる。誰かに会うのにわざわざこんな凍りつくような空気の中を歩くのは……結局はみな人恋しいのか、単に家でじっとしてるのが暇なのか。


 寒い。

 店に入るべきだと頭の隅で思ってはいたが、久方は何かにとりつかれたように、5丁目のベンチに座っていた。ずいぶん長く。



 前にも来たことがある。



 そんな気がしたのだが、思い出せない。札幌には友人がいるから何度も来ているが、狸小路を一人で歩いたことはなかった。

 そもそも、久方は来たくなかった。早朝に散歩に行こうとしたら、助手に『たまには街に出かけないとダメだ』と無理矢理車に乗せられて札幌に連行され……本人は昼前にピアノ中毒の禁断症状になり(予想よりかなり早かった)どこかのスタジオに行くと言って消えた。じゃあもう秋倉に帰ろうと言ったのだが、



 夕飯食うまで帰らないぞ!!



 と訳のわからない宣言をされた。

 3時までに連絡が来なければ一人で帰ると久方は決めていた。買いたいものはないし、行きたいところもない。夕飯どころか昼飯すら今すでに食べたくない。食欲が何だったかすら思い出せない。助手の責任だ。だいたいあいつはやることなすこと迷惑なことが多すぎる。言いなりになって来てしまった自分も悪いが。なぜ『一人で行ってよ』と言えなかったのだろう?



 とにかく来てしまったから仕方がない。一丁目からここまで、同じアーケードの下を往復した、何度も。前に来たときとは景色が変わっていた。楽器店とレコードショップが消えていた。入れ替わるようにディスカウントショップやドラッグストア、パチンコが増えていた。


 問題は、

『前来たとき』がいつなのか、

 全く思い出せないことだった。


 でも実感として残っている。同じ場所を歩いたことを、体が覚えているのを感じた。前に来たことがあるのは確かだ。

 さっきから同じ場所をうろうろしながら見回して、それがいつか思い出そうとしているのだが、もう少しでつかめそうだと思った所で、何かに阻まれてしまう。早紀が言っていた不思議な感覚のように、追いかけると逃げていく。



 夢に出てくる女の人と関係があるんだろうか。



 久方は前に創成川のあたりを歩いたことがあった。札幌の友人に夢の話をしたら、あそこじゃないかと言われたからだ。でも、あの二人が歩いていた景色とはまるで違っていた。そこは整備された公園で、久方には意味がわからない芸術作品や広場があり、二人が歩いていたような単調な川沿いの道ではなかったし、実際何も記憶からは出てこなかった。



 本格的に寒くなってきた。記憶との格闘もまるで手応えがない。なぜ自分の何もかもが、こんなにも曖昧でとらえどころがないのだろう。人の多いところにいるのに、自分を知る人間はいない。何も知らない、興味もない人々が、目の前を通り過ぎて行くだけだ。



 そうだ、ポット君の制作者に会って仕様を聞こう。駅前までは歩いてすぐだ。



 久方はアーケードを出て北向きに歩き、友人が住むマンションに向かった。

 とにかく誰かに会いたかった。

 久方創を知っている人間に。




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