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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年12月

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2015.12.21 サキの日記


 真面目人間とそうでない人間は、お互いを攻撃するのをやめるべきだ。


 真面目なやつは危ない、そんな題材の本があるくらい真面目さはよく思われてない。普段真面目な奴に限って犯罪を起こすとか言われたりする。実際に普段暴行とか窃盗とか万引きしてるやつは良いとでも思ってるんだろうか。モラルを崩壊させてるのはむしろそういう『ちょっとならいいや』『内輪だからいいわ』な人たちではないか?

 勉強や仕事では真面目な人に勝てないからって、引きずり下ろすために悪口を作って、まっとうに生きてる人の生活まで難しくする。何もいいことはない。



 私はカントクの家で、彫刻に没頭してるリカちゃん(奥さん)を見ながら、そんなことを考えた。

 また絵を描かされるんじゃないかと思ってたら、自分の作品に夢中でそれどころじゃないみたい。昨日からずーっと、ふなっしーが石化したような大きな石に向かっていて、来客は週末ずっと放置。でも、好きに食べていいよと言われた冷蔵庫の中は、私の好きな食べ物と、ハーゲンダッツのアイスクリームでいっぱい。気は使ってくれたみたい。

 ローラ・ワイスの『アイスクリームの歴史物語』によると、ハーゲンダッツはニュージャージー州で作られていたのに、デンマークっぽい『異国を思わせる』名前とパッケージによって贅沢なイメージがつき、今では日本のコンビニで買えるほどの広まりよう。アイスクリームは世界中の街角で売られている。これほど広まって、愛されているデザートはない。子供時代の楽しい思い出や、映画の恋人たちのイメージもそこにはある。単なる健康に悪い砂糖とクリームの塊ではない何かを感じさせるからこそ、必需品のようにどこでも買えるようになった。


 イメージ、イメージ、イメージ。



 ユーモアのある人は、真面目な人が多い。

 カントクや、うちのバカでさえ時にくそ真面目だ。

 人を笑わせるのは、実はものすごく難しい。バカやアホに見える芸人は、裏では無口な真面目人間だったりする。



 名前、見た目、イメージ、態度、職業。

 何かを表しているようで、

 実は、そこからは何も本質はつかめないかもしれない。




 カントクは帰ってこない日だそうで、リカちゃんは没頭してた石割り(と言いたくなるくらい勢いよく削ってた。近寄ったら頭割られそう)を中断して、近所の変わった食堂につれてってくれた。明らかに昭和か、下手したらもっと前からやってるんじゃないかと思わせる、古い民家の一角のような店。カウンターと、小さなテーブル二つしか席はない。そのうち一つで、小学校の給食を思わせる健康的で華のない和食を食べた。見た目は地味だけどおいしい。久しぶりに『由緒正しい』お夕飯をいただいた気がする。リカちゃんはここが好きらしい。自分は料理が苦手だから、よそで食べるときはファミレスみたいなのよりここみたいのが好きだそうだ。



 私の歳になると、食べたものがもろに体調にひびくもんなのよー。若いうちは平気だった食べ物でもダメになるの。サキちゃんも今は肉食獣みたいだけど、25か30になったら、来るわよー。突然味噌汁と野菜とこんにゃくに目覚めるの。



 健康話で一人盛り上がるリカちゃんの話を半分聞きながら、私はぼんやりしていた。25も30も、遠い先のことに思えた。そもそも、そんな歳まで生きられるんだろうか。耐えられずに発狂したりしないだろうか。今だって、畠山たちが怖いから、よその家に泊めてもらってるのに。


 リカちゃん、実は母の中学からの友達だ。でも演劇には関わらず、ずーっと美術部→美術教師の道を歩いてる。たまに小道具作る以外は一切夫の仕事にタッチせず『私の仕事にも文句は言わせない』。

いくつになっても若い母と違って、リカちゃんは年相応の顔。服装も『それ、いつの時代の?』と思うくらい古いデニム、冬に不釣り合いな無造作系シャツに毛玉が芸術的なカーディガン。しかもどれにも絵の具がついたり、ひっかけたような裂け目があったりする。作り笑いをまずしない。でも、いつも『いい人生おくってんなあ』と見てわかるような表情をしてる。見た目かなり変でも、ちゃんとした大人だ。だからあのオカマなストレートとも上手くやっていけるんだろう。




 二晩泊まって、日曜の人気のない朝、恐る恐る家に帰った。誰にも襲われずに済んだ。本棚からなんとなく新書を取り出して読んでいた。『何を信じていいかわからず、絶叫したくなるようなときにも確実に、人間にとってよすがとなるもの』それが真面目であるということだと『悩む力』の続編にあった。


 人生を真面目に受け取らずに、冗談扱いして中傷、あるいは無視する。

 そういう人間にだけは、絶対にならない。

 一度きりの人生は、真剣にやりたい。



 所長から着信あったから何かなと思ったら、きのう昔の知り合いからメールが来たけど、返事をどうするかで丸一日悩んでたらしい。

 なんとなく、女の子のような気がする。はっきり聞いた訳じゃないけど。

 あの所長が恋をする相手ってどんな子かすごく気になるけど、さっき真剣に真面目にと思ったばかりだから、問い詰めてからかうのはやめて、普通にアドバイスした。何でもいいから返事しなさいと。返事しない=お前に興味ない、と思われたら、あっさり別な人にターゲット変更されるかもしれない。脈なさそうな人にいつまでも挑戦し続けられるほど、人は強くない。拒絶の臭いを少しでも感じたら、その場から逃げたくなるのが普通だと思う。





 夜になってから考えた。

 私は畠山とノノバンに話すべきだったろうか。

 インターホンやブレーカーを切るんじゃなく、

 はっきり『迷惑だから来ないで!』と言うべきだった?

 そもそも、気軽にいじめたり襲ったりしてもいい程度の人間だと思われてしまったのはなぜだろう?

 私は何か、良くないイメージを発してたんだろうか?

 考えているけど、よくわからない。



 私、成長してないな。




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