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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年12月

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2015.12.20 研究所

 久方は、早紀に今朝見た夢の話をしていた。

 映画館にいるのだが、なぜか見ているのは助手がピアノを弾いている場面だった。

 目が覚めたら本当に弾いていた……ラヴェルのスカルボを。



 助手は載ってまセン。



 早紀はスマホの向こうで夢占いの本をめくっているようだ。久方は占いは信じないが、早紀が何を言い出すか聞きたかったので止めなかった。



 ピアノは周囲との人間関係を現す。

 そのまんまでスね。助手の演奏に困る所長の状態を示していまス。

 映画館の夢は人生を写しているそうでス。

 所長は本当に、心の底からピアノにうんざりしてまスね。



 そんなことはわざわざ夢に出なくても、現実だけで十分わかっている。



 なんでそんなハチャメチャ人間を雇ったんでスか?



 自分じゃなくて、逆らえない偉い人が選んだんだよと言った。早紀は『その人に直訴しまショウ』と言い出した。それは何度もしてるんだよとだけ久方は答えた。いつも同じ返答が来ることは伏せた。

『気持ちは痛いほどわかるが、お前『たち』に対処できる奴はほかにいないんだよ』



 昨日、古い知り合いからメールが来たんだよ。



 本当は『知り合い』なんて言葉では表せない相手だが、久方はぼかして伝えた。居場所だけ書いてあって、挨拶も近況も何もなかったとも。



 それは100%返事が欲しいンでスよ。



 早紀は興奮の混じった声で断言した。



 連絡が欲しいけど、所長が自分のことを覚えているかわからないから、とりあえず送ってみたんでス。すぐに返事しなサイ。会いには行けないのでスか?



 ドイツで働いてる人だからと答えたら、早紀は驚いていた。



 とにかく今すぐ返事しなサイ。話題がないときは元気と天気の話でいいと前にカントクが言ってまシタ。会話が苦手な人には必ず言うんですあのオカマなストレートは。



 通話が終わってから丸々3時間、久方はPCの前で悩んでいた。

 今から連絡を取って、何になるのだろう。

 なぜ今頃なのだろう。


 久方は決まり文句を何種類か打ち直し、何度も下書きを作ったり削除したりした後、なんとか、『こちらは雪が多くて大変だよ』という、どうでもいい内容のメールを送った。

 PCの電源を落とした頃には、夜中になっていた。



 3行書くのにこんなに時間がかかったのか。



 もう何年も前の話なのに、未だに自分の中では整理がついていない。改めて思い知らされた。語学以前の問題だ。

 久方は深いため息をついたあと、部屋に戻ってすぐに眠ろうとしたが、なかなか出来ず、暗い部屋の天井を見つめていた。

 返事が来てしまったらどうしようかと考えながら。

 来るわけがないと、自分に言い聞かせながら。




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