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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年12月

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2015.12.19 研究所


 神戸に住むおじ夫婦から荷物が届いた。久方にとっては養父母にあたる二人だが、もう長いこと顔を会わせていない。でも、定期的に何かが届く。今日の荷物には、地元の米とスイーツが、ダンボールいっぱいに入っていた。2人では食べきれないから甘いものは送らなくていいと何度も言っているが、聞く気はないようだ。いつもヨギナミか、灯油の配達に来た幸福商会のドライバーに渡してしまう。向こうも人に渡ることを予想しているようだ。『これは近所の方に』と書かれたものもある。そういうものに限って助手の好物だったりする。



 年末までもつのは、サキ君にあげよう……。



 久方はお返しに何か送らなくてはと思った。ただ、前に某有名メーカーのチョコレートを送ったら、神戸にも似たようなのがいくらでもあると文句を言われたのも思い出した。土産物のスイーツやチョコは、確かに、神戸も北海道も同じようなものだったりする。じゃあなんでそっちは甘いものばかり送ってくるんだと、久方は文句を言いたいのだが、やはり言えない。



 正月帰らないから、何も送らないのもまずいし、つまみになる海産物でも送ろうかな。酒好きな人たちだから。



 そう思いながら二階の部屋に戻ろうとしたら、いきなりピアノが始まったので慌てて一階に戻った。窓辺でため息をつくのとほぼ同時にまたメールが来た。PCのほうに。



 そこには、来るはずのない相手の名前が表示されていた。


 久方は、差出人の名前を指でなぞり、綴りに間違いがないか確かめた。

 何度も。

 手が震えた。

 間違いはなかった。


 フランスで札幌の友人に会って久方のことを聞いた。

 今はドイツに戻っている。


 書かれていたのは、それだけだった。



 何が言いたいんだ、何が。



 久方はその短すぎる文面を何度も何度も読み返し、行間から別な文言が、単なる居場所の報告ではない何かが浮き出て来ないか期待した。

 もちろん、何も出てこなかった。

 返事をどうすればいいのか、そもそもなぜ今なのか、全くわからない。

 しばらく考え込んでから、立ち上がって部屋の中をうろうろし、また座って悩み、立ち上がってまた部屋の中をぐるぐると回り……そんなことを一時間は繰り返したあと、返事は書かずにPCの電源を落とした。

 二階の部屋に戻ってから昔を思い出そうとしたが、ドイツにいたことすらもう記憶が曖昧で、本当に現実なのか確信が持てなかった。夢でも見ていたのかもしれない。



 でも、メールが来てるということは、夢じゃない。



 久方はまた階段を降り、一階のドアの前で立ち止まると、また二階に引き返した。

 今度は二階の部屋の中を歩き回り始めた。どうしても気分が落ち着かない。



 何してんだよ。別人か?



 助手がドアをノックした。ピアノを中断するなんて珍しい。久方は大丈夫と叫んだ。本当は大混乱の中にいたのだが。



 駄目だ、今日はもう何もできない!



 久方はベッドに倒れこんで、死んだようにぴたっと動きを止めていたが、意識がはっきりしすぎて、とても眠れそうになかった。しばらく忘れていた思い出が、次々と出てきた。自分でも驚くほどはっきりと当時のことを覚えていた。なのに、映画のスクリーンを見ているかのように、どこか存在が心許ない。やはりあれは全部幻だったのだろうか。


 でも、一つだけよく覚えている。

 逆光の中にたたずんでいる人影を。


 久方は遠い目で、当時のおぼろげな、でも、自分の断片だらけの記憶の中で唯一優しい存在を、撫でるような心持ちでたどっていた。

 いまはもう、いない。

 でも、存在が消えたわけではない。







 いつのまにか、幻影は消えていた。

 久方が起き上がると、そこはなにもない空っぽの空間のようだった。優しい記憶が消えたかわりに、日頃つきまとう不安も恐怖もない。全くの静寂。助手のピアノも完全に止んでいた。

 起き上がって時計を見たらまだ4時。

 何が起きているのだろう。


 一階に戻った。寝るには早すぎる。寒いが、風はなさそうだ。

 久方は外に出ることにした。歩きながら、今何が起きたのか考えたかった。メールの返事をどうするかも。




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