2015.12.17 修平の部屋
「あっそ、じゃあさあ、先生も田舎行きには賛成?」
高谷ユエは、不快そうに目もとを歪ませながら、息子の顔を覗きこんだ。
「いや、それはさぁ……」
修平は気まずそうに横を向いた。
これは反対されてるなと、ユエにはすぐにわかった。息子の『先生』話にはもう慣れている。もし賛成なら『先生もそう言ってるし』と来るはずだ。
「反対してんでしょ?そりゃそうでしょう。まともな大人ならそんな危ないことさせません」
「ダンナは賛成なんだけどなー」
修平は横を向きながらぼやいた。
ユエは言葉につまった。息子は自分の弱点をよく知っている。
「医者だって田舎に行って体力つけたほうがいいって言ってるし、診断書だって出せるしさー」
また勝手に根回しか。ユエは唇を噛んだ。息子はいつもこうだ。何かやりたいと思ったら、父親や医者や医療機関、今回に至っては下宿先から学校に至るまで自分で勝手に手配してしまう。
母親に相談せずに。
ユエにはそれが気に入らなかった。
「あっちに行って具合悪くなったらどうすんのさ」
「休めばいいんだって」
「簡単に言うねえ」
「だって簡単なことだろ」
修平は語気を強めて母親を睨んだ。
「疲れたら休めばいいし、具合悪くなったら寝てりゃいいし、今までだってそんなに急変したことないだろ?何か起きたらって、起きてから考えれば……」
「起きてからじゃ遅いだろ?」
「起きる前だって早すぎだって!少しずつ体力つけて、長距離歩くのに慣れればいいじゃん」
「ほんとあんたはああ言えばこう言う……」
「すみませーん。ママに似たんですー」
修平は母親が客と話しているときの声色をまねた。真似されたほうは真っ赤な顔をして部屋を出ていった。修平は母親のこういう態度に慣れていた。
『修平くん』
後ろに先生が現れた。
「やめて、説教はやめて」
『もう何を言っても無駄だとは思いますけど』
「じゃあ黙ってろよ」
『あのねえ』
先生は呆れていた。
『本当に大丈夫だと思ってるんですか?』
「平岸家からあの廃墟まで、どれくらい距離あったか覚えてる?」
修平は質問に質問を返した。
『かなり歩きましたね。20分くらい?正確には覚えていませんが』
「一キロ」
修平が息だけで笑った。
「歩けたんだって。往復で。後で疲れて寝ちゃったけど。行き帰りだって空港の中でかなりウロウロしてたから、けっこうな距離歩いてる。俺もさっきまで気づかなかった」
先生は話すのをやめた。修平が何を言いたいかわかったからだ。
「歩けるんだって」
修平は寂しげに笑った。
「なのにさっきのママさんは、息子は未だに病院の廊下しか歩けないと思ってる」




