2015.12.16 研究所
きのうクソオヤジのせいでヨギナミ家にいたくなくてさー、歩き回ったら風邪ひいちゃったんだって。あんなダメオヤジ早く死ねばいいのに。
窓辺にまた現れて昼メロのような話を始めたのは、もちろん佐加美月である。きつい口調で言ってから、久方の反応をうかがうように、数秒無言でじーっと顔を見つめていたが、久方がなにも言葉を発しないので、またしゃべりだした。
でさー、うちがお見舞いに行ったっけ、ヨギママがすごく怒っててさー。どーしたのって聞いたら、ヨギナミがいいかげん不倫やめろって説教したからなんだって。ヨギナミってときどきうちのババア並みに説教くさいんだよねー。熱あんだから寝てればいいのに。
でもママもひどくてさー、あんたはその不倫から生まれた子でしょーって!!ひどくね!?事実でも言っちゃいけなくね?
興奮と寒さで真っ赤な頬をした佐加は、今日もやはり変なニット帽と朱赤のコートを着ている。久方は笑顔を浮かべながら『そのコート目に毒だからやめて』と言うべきか言わざるべきか、本気で悩んでいた。
バスまで時間あるからさー、もっかい様子見てくる。なんかお菓子あったらちょーだい。ヨギナミ咳してるから、のどにひっかからないやつがいいなあ。
なんという図々しさだ。
でも久方は食糧庫へ行き、しっとりしてそうなワッフルを発見し、持ち出して佐加に渡した。風邪の菌を持ち運ばれてないか心配しながら。佐加は跳び跳ねるようにして受けとり、また来るねーと笑いながら走り去った。
久方は手をふりながら『二度と来るな!』と心で叫んだ。でも、ヨギナミにお菓子を渡すのは悪くないとも思った。風邪のお見舞いのためではなく、体調が悪いときに親とケンカし、さらに佐加にまで見舞われる不幸を哀れに思ったからだ。
窓を閉めると、急に寒気がして久方はくしゃみをした。さっそく菌をうつされたかもしれないと思った。ただでさえ昨日理由もわからずに凍えさせられ、だるさがまだ抜けていない。今風邪をひいたら長引きそうだ、今日は早めに寝たほうがいいだろう。
そのすぐあと、ピアノを終えた助手が降りてきて、
俺のワッフルがない!!
と騒ぎ始めた。助手は甘いものに目がない。久方はいつも通り窓の外を見ながら、
佐加美月が来てたから、盗まれたんじゃない?
とつぶやいてニヤニヤしていた。助手は怒り、玄関が嫌なら食糧庫にカギをつけようと言い出したが、もちろん久方は無視した。




