2015.12.15 秋倉の雪原
行くところねえな。
ヨギナミの隣を歩いているのは、久方、ただし、例の目付きの悪い方だ。二人はさっきから、雪原に足跡をつけながら、歩きやすそうな雪の浅い場所を、行ったり来たり、うろうろと回っていた。
ヨギナミの家には、最も来てほしくない男が来ていた。
松井カフェにはその息子がいた。罪はないが一緒にいるのはつらい。
行くところがない。
下手に町内を歩き回ると、町の主婦たちがヨギナミを見てくすくすと笑いだす。あからさまに悪口を言う人もいる。
研究所も今、助手が目を光らせていて、久方(じゃなさそうな人)は帰りたくないという。
親父、生活費とか出してねえの?
ヨギナミは首を横に振った。あれが父親だとは思いたくない。生活費も出さず認知もせず、ただ来たいときに来て帰るだけだ。
偉いな。家事に学校にバイトに、お母さんの看病まで。
声に少し疑問が混じっていた。ヨギナミはむっとして言い返した。
好きでやってるわけじゃないもん。
仕方ないんだもん。
お母さん何にもできないし。
隣を歩いていた人物が、横目でヨギナミを睨み、挑むような声をあげた。
じゃあ何だ、お前の言動はみんな嘘偽りか?
そうじゃない。でもヨギナミは上手く答えられなかった。
余計な話だったな。
今度は力なくつぶやき、軽く笑って下を向きながら、謎の人は歩く速度を早め、研究所に向かう道へ行ってしまった。
今帰って大丈夫なのだろうか。
ヨギナミも家に戻り、窓から中をそっと覗いた。
叩き出したから入ってきなさい。
母親のきつい声が聞こえ、ヨギナミは一瞬体をひきつらせた。そーっと中に入ると、怖い目がこちらを見ていた。機嫌が悪そうだ。
私を見くびらないで。今ごろ隣町の商売女の所で無駄遣いでしょ。
母はそれだけ吐き捨てると、横になって布団にもぐりこんでしまった。
ヨギナミは暖房の前に座って。さっきまで見聞きしたことを慎重に吟味していた。玄関に立っていた男の暗い目付き。松井カフェにいた保坂の真っ青な顔。すれ違った主婦の嘲り笑い。なぜか雪原に現れた謎の、行き場のない人……。




