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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年12月

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2015.12.12 研究所


 植物図鑑がない。



 久方は部屋の本棚の中身を全て床に投げ出し、引き出しも全てをあさったが、探し物は出てこなかった。

 世話になった講師に贈られた草花の辞典が。

 あの、古いが、繊細な挿し絵のある本が。



 どうしよう。



 久方は不安げに部屋を見回し、ここをこれ以上探しても無駄だと気づくと、一階に降りて、キャビネットや棚をあさったが、そもそも2階から持ち出した記憶がない。無駄だと思いながら、カウンターやテーブルの下を探し始めたとき、ゴミ箱に足を引っかけて倒してしまった。

 散らばった中身を戻そうとして、それが手紙だと気づいた。

 ばらばらになったピースを拾い集めて繋ぎあわせ、福祉施設の名前を発見し、真っ青になった。

 中身は領収書のようだ。金額は大したことはないが、内訳はなかった。

 久方は廊下に飛び出し、一瞬躊躇したがすぐに走って階段を駆け上がると、助手の部屋のドアを勢いよく開けた。



 ノックくらいしろよ。



 助手は楽譜を持ち、不機嫌な顔で立っていた。



 図鑑がない。



 久方はなぜか、手紙ではなく別な探し物を話題にした。本当の不安のもとは怖くて口にできなかった。

 養父母か助手が、自分を施設に送ろうとしているのではないか、

 とうとう、頭がおかしいと判断されたのではないか。



 なくなった図鑑の話をし、最近忍び込んできた学生が持ち出したんじゃないかと言った。久方は佐加を思い出していたが、二階には行かなかったはずだ。



 ほんとにちゃんと探したか?

 自分でなくしといて人に盗んだとか言ったら、シャレにならないぞ。



 助手はあからさまに神経質な言い方をした。前にも書類がなくなったと言われたことがあったから。それも結局、本棚の横に滑り落ちていただけだった。

 佐加の連絡先がわからないので、久方はヨギナミにメールを送ってみた。あまり気は進まなかったが、最近訪ねてきたのはあの二人だけだ。

 聞いてみたが佐加ではない。月曜に学校で他の生徒に聞いてみると、すぐに返信が来た。

 別人が持ち出したのかもしれないとも思ったが、理由がわからない。



 ほんとに人を信用してねえな。



 不安げな顔でメールを見ている久方を観察しながら、助手は苦い顔をしていた。

 久方は、誰かが自分を追いつめようとしていると思い込んで、助けようとしている人まで疑っている。




 久方が部屋に戻ったときには、既に3時を大幅に過ぎていた。

 今日はあの助手がピアノを弾かない。

 それがかえって不安をあおった。何か都合の悪いことが、背後で起きているのではないかと。





 助手は静かに楽譜を見ていた。

 そこには、写真が挟まっていて、若い頃の自分と音楽仲間が写っていた。

 今はもう、会うことはない人たち。

 過ぎ去って戻らない時間。



 18年か……。



 結城は一人、時の流れの残酷さをかみしめていた。


 こんなことになるなんて、誰が想像できたろう。





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