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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年12月

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2015.12.2 研究所



 昼過ぎに、『所長』は猫探しを始めた。助手も最初は乗り気だった。あんなに黒い何かを怖がっていたくせに、猫と聞いた瞬間に、不気味に目を輝かせた。

 しかし、久方が使われていない部屋のドアを開けた瞬間、悲鳴とともにどこかに消えた。



 ホコリと、朽ちた木片と、雪が積もる割れた窓。

 そこには見事に網目をつくる、蜘蛛の巣。



 寒いのに。強風でよく飛ばなかったなあ。



 久方はどうでもいいことに関心しながら、その、見事に左右対称な糸に見とれていた。写真を撮ろうと思ったが、スマホを一階に置いてきた。部屋には他に生き物の形跡はない。窓は一応修理を頼んだ方がよさそうだ。



 もうひとつの方に行くか。



 向かいの部屋を開けてみたが、なにもない。ホコリがうっすらと積もっているだけだ。こちらは窓も割れていないし、掃除すればすぐに使えそうだ。



 あとは床下か、屋根裏ってあるのかな。猫がいそうな所。



 3階。そもそも使われていない。廊下に埃がつもっている。足跡もない。部屋も一応見たが、なにもない。天井の裏を見たかったが、自分は届かない高さで、助手は死んでも見たくないと言い張るので、地下室を見てくることにした。食糧庫以外にもうひとつ部屋があるが、確かそこは水道とかパイプしかないはずだ。

 一応扉を開けて見てみたが、なにもない。



 ま、いいか。中にいるとは限らないし。



 久方はがっかりしたが、PCの作業が残っているのを思い出して、一階に戻った。



 そこで、気を失った。














 目を覚ますと、そこは建物の裏口で、夜になっていた。寒い。いつの間にかコートを着ていたが、しばらく外を歩かされていたのか、体が冷えていた。部屋に戻ってヒーターをつけ、時計を見ると5時だった。

 時計を見たまま、何が起きたか考えていると、助手がドアをノックしてきた。



 飯食いに行くぞ。作るのめんどくさい。



 いらないからほっといて。



 助手は構わずに入ってきた。



 別人も猫を探してただけだ。



 助手はなんでもないことのように言ったが、久方はショックと怒りで顔を赤くした。



 なんでほっとくんだよ!?



 こいつが怒るなんて珍しいなと思いながら、助手はめんどくさそうにこう答えた。



 3時頃に声をかけたら別人だったから捕まえようと思ったけど、猫探してるだけって言ってたから、害はないと思って窓から見張ってた。建物からは離れてないって。



 嘘だ。ピアノを優先したに決まってる。だいいち、建物から離れるか離れてないかが問題なのではない。害はないとか、なにもしないからいいとか、そういう話ではない。

 自分がその間、本来生きる時間を、人生を奪われているのが問題なのだ。

 まさか、そんな大事なことを、もう何年も一緒にいるこの男が解っていなかったとは。



 もしかして、あいつと仲良く話してたの?



 そう責める顔は、明らかに怯えていた。助手は思った。たぶん久方は、また自分が見捨てられると思って怖がっているだけだと。まわりの人間が別人と仲良くすればするほど、久方自身の人生の時間も、人とふれあう機会も失われる。

 それが積み重なった結果が、今のこの久方創だ。



 わかったよ。わかりましたよ。

 今度から出てきたら容赦なく殴り飛ばしますって。

 でも、いつまでもそれですむもんかなあ……。



 助手は余計な疑問を呟きながら廊下を歩き、飯は買ってくるわと叫んで出かけていった。




 久方はやりかけの仕事を思い出して一階に戻ったが、助手が別人を止めなかったことにショックを受けていた。あの、いざとなったら暴力も辞さない人でなしのピアノ狂いが。一緒に暮らしている人間まで敵に回ったら、自分はどうすればいい?誰も自分を呼び戻してくれなくなったら?忘れ去られてしまったら?考えるほど悪いことしか浮かばない。

 だから無理矢理別な作業をしてでも、今起きたことは思い出さないようにした。いつまでも不安にかられて、これ以上時間を無駄にしたくない。こんなことは今まで何度も起きているし、いつまた時間を奪われるかわからない。自分自身でいられる時間は大切だ。


 猫を探すのはしばらくやめておくことにした。早紀には悪いが、本人が来てから探したほうがいいと思った。きっと楽しいだろう。

 本当に来てくれればの話だが。




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