2015.11.30 サキの日記
早紀ちゃん、本当に新橋に似てきたわねえ。
母は、うちに帰って私を見るたびに、そう言う。優しく微笑みながら。単に挨拶がわりに言ってるだけなのか、『やっぱり豚まんよね』とか『どうして私の娘なのに美人じゃないの?』という意味なのか、私にはわからない。どっちにしても、あのバカを選んだ母の責任であって、私は関係ない。
新橋もすぐ来るって。
母はそれだけつぶやいて、椅子に座ったままテレビもつけずにぼーっと空中を見つめ始めた。無言で。いつものことだけど、ほんとに何を考えてるんだろう?
バカが早く到着してくれないと、この母をどうしていいかわからない。なんとなく、いつも向かい側に座る。母の隣はバカの席だ。言われた訳じゃないけど、それもなんとなく決まっている。私にとって母は、いつも前にいる人だ。隣ではなく。
こないだの子、なんか言ってきた?
田舎で妄想してる子。
平岸あかねのことだ。私が所長のところに行ってたことを、勝手に脚色して言いふらしてるかもと話したら、
私も知らない男と噂にされたことある。ざっと50人はいるかなぁ。会ったことがあるのはそのうち3人もいないなぁ。
勝手に恋い焦がれてくる男っているのよね。誰かが暇潰しに流したデマを信じちゃうの。
それは思い出話ですか?自慢ですか?
母はそこで黙り込んでしまった。気まずい沈黙。何か話すことはないか記憶を探ってみたが、一つしかなかった。
秋倉高校に転校したいンだけど。
ほんとはまだ決心がついてなかった。平岸あかねが噂好きなのが気になっていた。なにより、私自身が人間関係に全く自信がなかった。
学校、嫌いなんじゃなかった?
母が怪訝な顔をした。
それはあなたが言ったんですよね?私じゃなくて。
秋倉町って、本屋さんないよね?
早紀ちゃんに耐えられる環境なの?
痛いところをついてきた。しかも、私が全く考えもしなかった所に。Amazonとか、札幌まで行けばいいとか、自分でも不思議なくらい慌てながら答えた。なんで秋倉町に本屋がないことを知ってるんだろう?私は調べようとすら思わなかったのに。
そのあたりで、バカピョンが帰ってきた。当たり前のように母の隣に飛び込み、二人でニコニコと見つめあい始めた。
二人を見ながら思った。
さっき読んでたリルケの手紙の続きが読みたい!
今すぐ!!
早紀ちゃん、秋倉高校に行くことにしたんですって。
母がバカに、遠い親戚の話のように言った。目の前に今いるのが自分の娘だと気づいているのだろうか?ずっとバカから目を離さないけど。
おぉ!!いいじゃない!
バカもちらっとこちらを見て大袈裟に言ったが、すぐ隣の女優に顔を向けてしまう。二人の世界モードだ。
夕飯だけ頑張って同じ場所にいたけど、かなり早めに部屋に戻った。
とにかく仲良し。
間に入る余地なし。
結局本もたいして読めずに寝た。いつもは眠れないのに、今日は気がついたら朝になっていた。
起き上がってから、部屋のクローゼットの扉が開けっぱなしになっているのに気づいた。中身を確かめたら、マフラーとセーターがなくなっていた。
また持ち出されたらしい。
そのうちまた、付き人の付箋つきで送られてくるんだろう。
バカも母も、もう家にはいなかった。
テーブルの上にピザトーストとサラダだけ用意してあった。時刻は8時。いつもなら寝てる。
母は何をしに帰ってきたのだろう?
ピザトーストをあたため直しながら考えてみたけれど、やっぱりよくわからない。
たぶんバカに会いたかっただけで、私に会いに来たんじゃないと思う。




