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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2018年2月

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2018.2.24 土曜日 サキの日記

 私と佐加は、冬の海をじっと見つめていた。佐加がこんなに長い時間しゃべらないなんて珍しい。ただじっと、海の向こうを見ていて、どれくらい経ったかわからないけどだいぶ後に、


 海に向かって叫ぶ人って好きじゃないんだよね。


 とつぶやいた。


 映画とかドラマであるじゃん。気に入らないことを海に向かって叫んでるの。

 でも海ってさ、うちらにいろんなものくれてるんだよ?

 魚とか昆布とか塩とか。

 なのにさ〜、感謝するんならともかく、憂さ晴らしに嫌なことを叫ぶって何なの?

 おかしくね?海に失礼じゃね?


 なるほど、確かに。


 どうせ叫ぶんなら『ありがとう』じゃね。


 そして佐加は海に向かって、


 あーりがとォー!!


 と叫んだ。ちょうどいいタイミングで雪が舞い降りてきた。


 うち、冬の海も好きなんだよね。前にも言ったっけ?


 佐加が言った。


 みんな海辺は夏に来るものだと思ってるけどさ。

 冬の海もいいよ。寒いから入れないけど、風情っていうの?独特っていうの?夏とは違う表情みたいのがあるんだよね。夏は一緒に遊んでくれる海で、冬は、なんていうのかな、一緒に考え事をしてくれる海。


 佐加でも考え事なんてするんだ。


 どういう意味よそれ!

 うちだってちゃんと考えて生きてるっつの!


 手袋で肩をバシバシ叩かれた。


 とにかく海はいいもんだよ。

 でももうすぐ離れちゃうんだ。さみし〜!


 札幌は海ないからね。


 それから、私達はネットとかで見た札幌や東京の話をしながら佐加の家に戻った。佐加の部屋にはあいかわらずセレブの写真がたくさん飾ってあって、テイラー・スウィフト率が少し上がっていた。

 佐加のお母さんが持ってきてくれた黒豆茶を飲みながら、


 卒業してもずっと友達でいようね。


 みたいな話した。でも、遠く離れたら、その約束がどこまで有効でいられるのか自分でもわからなくて、このうるさい佐加が人生からいなくなったらすごくさみしいだろうな、なんて考えた。

 卒業式が来週に迫っているのに、私の中ではまだ、ここを、みんなと、離れるという実感がわいてこない。

 でも、変わってしまうのだ。

 何が?

 ほとんど全てが。


 帰りのバスの窓から、海と、雪と、ほとんど何もない真っ白な地面と、遠くに連なる山と森を見た。この景色全てともうすぐお別れだ。

 どうなんだろう、大学に行って都会で暮らしていたら、そのうちこの町が懐かしくなったりするのかな。みんなに会いたくなったりするのかな。


 夕食の席で平岸ママが、


 もうすぐ2人ともいなくなっちゃうから、

 料理の作りがいがなくなっちゃう。


 と嘆いていた。ヨギナミは黙って笑い、あかねは、


 普通の家族の夕飯になるだけでしょ。


 と冷たく言った。あかねはたぶん、ずっと、家族だけでご飯食べたかったんだと思う。でも学生寮の生徒が今までずっといたからできてなかった。

 平岸家に突然訪れる『家族だけの時間』。

 それはこの一家を変えるのだろうか。わからない。ちょっと怖い気もする。


 部屋に戻ったらカントクから、


 受験終わったんだからシナリオ書きなさい。


 というメッセージが来ていた。でも今日はシナリオも小説も書く気がしない。

 平岸アパートにいられるのもあと数日だから、この部屋での時間を大事にしよう──と思ったけど、何をしたら『時間を大事にした』ことになるのかがわからない。窓の外でも見ようと思ったけど、真っ暗で何も見えない。そうだ、田舎の夜はマジで暗くて怖いのだ。この真正の夜とももうすぐお別れだ。都会は夜でも明るい。今思うと、あんなのは本当の夜じゃない。

 この暗闇の怖さが知れただけでも、ここに来てよかったと思う。でも、これがいいかと言われるとやっぱり怖すぎるので、私は都会の歩ける夜のほうが好きだ。

 帰ったら夜散歩しながら考え事しよう。

 秋倉じゃ絶対できない。




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