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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年11月

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2015.11.29 秋倉の雪原

 冬の早朝の空気には、心身を引き締める神聖さがある。


 雪の上を歩くのはいつも心もとないが、楽しくもある。約束があったり急いだりするときは、足元をとられてなかなか進めずにいらいらするが、目的もなく気ままに歩くには、足を乗せた瞬間横滑りする道も、枝から雪を落としてくる木々も、積もって間もない雪を踏む音も、全てが、子供の遊びのように無心を誘う。


 雪原は、太陽の照り返しで眩しく光輝いている。久方はその真ん中を、足跡をつけながら進んでいった。たどり着く所などなくても、この道すがら見聞きする景色、風の音や色、冬の冷たく澄んだ空気の匂い……それだけで満たされる。

 朝のほんのひとときに過ぎないが、久方は久しぶりに自然の中を歩き、安らぎを感じていた。



 こういう日に限って、研究所には変な客が来るものだ。




 ねー、所長さー、双子の兄とかいね?



 散歩から帰って休憩していたとき、朝の空気に似つかわしくない乱れた日本語が、窓の外から飛んできた。

 佐加美月だ。

 突然現れたと思ったら、挨拶もなくいきなり質問をしてきた。奇妙な形のニット帽をかぶっている。けばけばしい朱赤のコートは、日に照らされてますます目に毒だ。

 久方は、走って二階に逃げたい衝動と戦いながら窓を開け、ひきつった作り笑いを浮かべて『おはよう』と言った。



 おはよ。

 あのさー、所長にそっくりな顔でガラの悪い奴いね?

 ヨギナミとあたしさー、よく会うんだけど。



 久方は知らないと答えた。早く帰ってくれないかなと思いながら。日曜の朝から何をしてるんだと聞いたら、ヨギナミの家に泊まってて、今ヨギナミは母親を仲のいい杉浦ママの所に連れていってるところで、つまり、親子はお互い別々に、友達と日曜を過ごすのだという。



 あたしヨギママのお気に入りだからさー。

 でも、あの人、ヨギナミの前で、あたしみたいな娘が欲しかったって言うんだよ。ひどくね?

 ヨギナミ家事も勉強もバイトもめっちゃがんばってんだよ?



 どうでもいいから早く帰ってくれと言いたかったが、久方はかわりにこう言った。



 たぶん、勉強やバイトより、自分にもっとかまって欲しいからそう言うんじゃないかな。



 佐加美月はそれを聞いてニヤッと笑った。



 所長、かまってほしいんだー!!



 しまった、と思った時には遅かった。



 じゃーさー、あたしとヨギナミでまた遊びに来てあげる!!



 佐加美月は楽しそうに笑い声をあげながら走って行った。



 待って!もう来なくていいって!!

 お願いだからほっといて!!



 久方は窓から身を乗り出して佐加の後ろ姿を睨んだが、やはり肝心なときに声が出ないのだった。




 一階の窓から飛び降りか?



 いつのまにか助手が後ろにいて、冷ややかな薄ら笑いでこちらを見ていた。

 久方は慌てて中に引っ込むと、勢いよく窓を閉めた。



『サキ君』とかいうのが秋倉高校に来たら、今のと同じクラスだぞ。

 なんかバレかけてるみたいだし、来る前に電話で話しといた方がいいんじゃない?



 久方は助手を無視して部屋を出た。

 助手は低く笑いながら、郵便受けから取ってきた手紙を破り、ゴミ箱に投げ入れた。




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