2018.2.21 水曜日 ヨギナミ
早朝、ヨギナミは雪原の、空と白の境目を見つめていた。闇が濃い青になり、白み始めるあたりを。他のことは何も考えず、ただ、地平線から現れる光だけを一心に見つめていた。まるで、朝日を初めて見た人のように。
ヨギナミはこれまでせわしない生活をしていたので、平岸家に来るまで、ゆっくりと朝を過ごすことなどなかった。朝だけでなく昼も夜も、人生のすべてがせわしなく過ぎていた。母が亡くなり、人に世話をしてもらえるようになってやっと、自分が住んでいる町の景色をじっくり見る余裕ができた。
雪原にのぼる朝日。
きらめく雪の表面。
ヨギナミはただ無心にそれらを見ていた。間に立ちはだかるものなどなにもなかった。ただ、自然だけがそこに存在していた。
数時間後、学校で、ヨギナミは授業中にふと昔のことを思い出していた。母のこと、おっさんのことを。思えば不思議なことが起きたものだ。幽霊に取りつかれた人が家を訪ねてきたなんて。これから出会う人にこの話をしても、きっと信じてもらえないだろう。
でも、本当に起きたのだ。
おっさんは、確かに存在していた。
母と、自分の何かを変えて、去っていった。
絶対に人生をあきらめるな、と言って。
おっさんの墓ってどこにあるんだろうね。
昼休みに佐加が言った。
探し出して、一回行ってみたいよね。
早紀と一緒に墓を探す方法を調べ始めた。あかねが、
そっとしておいた方がいいんじゃない。
と言いながら弁当をつっついた。ヨギナミも、今さら墓を探すことにはあまり意味を感じなかった。
おっさんは確かに存在していた。
それだけで十分だ。
帰り道は雪が降っていた。
今まで、一人でがんばっているつもりだった。自分だけが苦労をしていると思っていた。でもそうではなかった。母も、おっさんも、平岸家の人も、学校の人も、みなそれぞれにいろんなことに苦しんで、それでもヨギナミに親切にしてくれていた。自分は一人で生きていたのではなく、たくさんの人に助けられてきた。やっとそのことがわかってきた。
雪の中を一人歩く。これから就職して、一人暮らしが始まる。でも今のヨギナミは知っている。自分は一人ではない。これまで助けてくれた人、これから助けてくれるであろう人が一緒だからだ。生きていくのは大変なことだが、世の中の人は思ったよりも優しい。だからこれからも大丈夫だ。たぶんきっと──。




