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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2018年2月

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2018.12.17 土曜日 サキの日記

 受験が終わって何か本が読みたくなったので、伊藤ちゃんにいい本がないか聞いてみた。そしたら、ガブリエル・セヴィンの『書店主フィクリーのものがたり』を貸してくれた。これは図書室の本ではなく、伊藤ちゃんの私物。

 たぶん私が本屋好きなの知ってて選んでくれたんだろうなと思う。実際、本屋で成長できるマヤがうらやましくてたまらない。でもマヤはこの店主の本当の子ではない。母親はこの子を本屋に置き去りにして自殺した。フィクリーはこの子を自分で育てることにした。この本はマヤが大人になるまで、そして、フィクリーが人生を終えるまでの物語だ。

 一つ心に残ったセリフがある。大して重要な登場人物ではないマダム・オレンスカという人が、フィクリーに女性と付き合うことを勧める言葉だ。

「あなたは子供がいればじゅうぶんと思ってる。でも子供は大人になる。あなたは仕事でじゅうぶんと思ってる。でも仕事は温かな体じゃない」

 温かな体。

 私は結城さんに抱きしめられたことを思い出す。実際に抱かれていたのは私ではなく奈々子だった。でも私は覚えている。あの体、あの体温。人が時に、すべてを投げ出してでもほしいと思うもの。どんなに金や美しさや権力があっても、手に入れることが難しいもの。

 私は自分のための『温かな体』を見つけられるだろうか?

 もちろんそれは『体目当て』とか『セフレ』みたいなのとは違う。きちんと心が伴った温かさのことだ。人はよくそこのところを間違える。

 たぶん私も間違えたのだろう。

 結城さんは私の『温かな体』ではなかった。

 大学に行ったら、そういう人を探そう。お互いの心を温められるような人に出会いたい。そのためには自分を磨いて、よりよい人にならなくては。


 フィクリーに話を戻すと、彼はちゃんと自分の『温かな体』つまり新しい妻と結婚する。そして娘と3人で幸せに暮らす。でも最後には病気で人生を終える。書店が別な人の手に渡ったところでこの話は終わる。

 日本とか韓国だったら、家族がこの店を継いでずっと残す、みたいな話になってたんじゃないだろうか。でもこの話はそうはならない。アメリアもマヤも自分の人生を歩く。店を継いだのは、フィクリーとマヤのおかげで本を読むようになった元警察署長だ。

 そうやって世の中は流れる。いろんな人が関わって。この話はフィクリーの話だけど、町の人の話でもあって、家族だけに世界が限定されていないのがいいと思う。

 フィクリーとマヤみたいな衝撃的な出会いはなかなかないと思うけど、人生を変えるような人に出会ってみたい。少し怖いけど。

 ある意味(悪い意味で)畠山との出会いは私の人生を変えたし、その後この町に来て所長や結城さん、平岸パパやママ、秋倉高校の人──私の人生にもすごい出会いはたくさんあった。みんなが私の人生を変えたし、たぶん、私もみんなの人生を少しは変えただろう。

 人生とはそういうものだ。互いに影響を与えずにいられない。そこから逃れることはできない。そしてそれはたぶん──悪いものじゃない。

 フィクリーの死ぬ前の言葉を書き写しておく。


「ぼくたちはひとりぼっちではないことを知るために読むんだ。ぼくたちはひとりぼっちだから読むんだ。ぼくたちは読む、そしてぼくたちはひとりぼっちではない。ぼくたちはひとりぼっちではないんだよ」








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