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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2018年2月

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2018.2.15 木曜日 サキの日記

 今日、所長に木のチョコレートを渡しに行った。受験で一日遅れたけど、所長は喜んでくれた。


 これ、食べるのもったいないよ。

 一生とっておきたいくらいだ。


 所長はそう言って、まりえさんが作った精巧すぎる大木のミニチュアのまわりを何度も行き来して、ゆっくりじっくり観察していた。その様子が、珍しいおもちゃに喜んでいる子どもみたいで、なんか笑ってしまった。

 所長、やっばり純真だな。

 もうすぐ会えなくなるの、悲しいな。

 所長と一緒にいると、自分の中にも同じような純真さがあることに気づいていい気分になれる。でも、離れるとまた忘れてしまって、また、世の中のいろんなことにイライラしていた自分に戻ってしまいそうだ。


 3月に、神戸からお返しを送るよ。

 住所聞いていい?あ、まだ決まってないか。


 マンションの住所を教えておいた。3月には部屋を探して、4月には一人暮らしを始める。誰にも頼らない暮らし。私にできるだろうか。

 とりあえず、卒業しても所長とは連絡を取り続けたい。

 今日はきれいに晴れていたので、雪の積もった道を散歩した。こないだのドカ雪で増えた分はまだそのまま残っていて、雪の壁の中を進んでいくようだった。空の青い雪の白、影もうす青く色づいている。

 大きな道に出るとようやく視界が開ける。でも、どこまでも青・白。遠くに見える山まで青くかすんでいる。


 すごい景色だよね。


 所長がつぶやいた。私はうなずいた。そのまま除雪された道を歩いていって、駅前通りに続く道のあたりで引き返してきた。今日は気温が低い。長く外に出ているのはあまりよくない。

 建物に戻ったら、ポット君がすぐコーヒーを持ってきてくれた。

 所長がいなくなったらポット君はどうなるのか聞いたら、『岩保の所に戻る』と言っていた。また別の家に行ったりするんだろうか。うちで引き取っちゃダメですかって聞いたら『岩保に聞いてみるけどたぶんダメだと思う』って。

 その瞬間、ポット君が悲しげな顔を表示した。ロボットにも感情があるんだなと思った。それとも、そういう反応をするようにプログラミングされているだけ?もしかしたら人間の感情もプログラムでしかないのかな。だとしたら役に立たない嫉妬や自己憐憫は何のためにプログラムされたのだろう。昔は必要だったのだろうか。だとしても今はもう必要ないんだから、そろそろアンインストールしてもいいんじゃないかと思う。

 かま猫が所長の足元にすりよってきた。所長はかま猫を抱き上げて、笑いながら背中をなでてあげていた。かわいい。もうこういうかわいい姿を見られなくなるのかと思うと悲しくなってくる。勝手なイメージでしかないかもしれないけれど、所長には人をなごませる何かがあって、何をしててもすごく気になってしまう。

 所長と一緒にコーヒーを飲んで、散歩して。

 そんな当たり前だった毎日ももうすぐ終わる。

 でも、実感がわかない。

 所長がパソコンに向かい始めたので、私は猫と遊んだり、ポット君とオセロをして夕方まで過ごした。あかねが呼びに来た時、私達を見て、『近未来の倦怠期の夫婦みたい』と言った。

 帰り道であかねに、


 本当に久方さんと付き合う気ないの?


 と聞かれたけど、『ない』と答えた。

 でもどうなのか──自分でもよくわからない。



 受験終わったし引っ越しも近いので部屋を片付けようと思ったけどなかなか進まない。今ではこの平岸アパートのこの部屋が『自分の部屋』になってしまっていて、ここから出ていくなんて奇妙な感じすらする。

 とりあえず、衝動買いしたコスメとかは佐加やヨギナミにあげることにした(ヨギナミはもっとメイクした方がいいと思う)。本を片付けようと思ったけど、どれも重要なことが書いてあるような気がして捨てられそうにない。

 一人暮らし始めたら本棚を一つ買おう。

 置くスペースがあるといいけど。





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