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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2018年2月

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2018.12.13 火曜日 サキの日記

 受験は無事終わった。伊藤ちゃんに妨害されながらも。

 会場の人の多さにおびえて、私から離れようとしなかったからだ。無理やり自分の席に連れて行って『動いたら殺す』と言い聞かせなければならなかった。

 試験そのものは思ったより簡単だった。たぶん受かると思う。しかし、終わったとたん、


 新橋さぁ〜ん!!


 伊藤ちゃんが走ってきた。まわりの人が一斉にこっちを見た。突き飛ばしてやろうかという衝動を抑えるのに苦労した。


 早く出よう!早く!


 伊藤ちゃんはとにかく早く帰りたいようだったが、私はカフェに行きたかったので『人に慣れないと大学入った時困るから!』と、無理やり、受験終わった学生で混んでるカフェに入った。幸い席が一つ空いていたけど、伊藤ちゃんは席についてからもしばらくあたりをキョロキョロ見回して出口探してるみたいだった。

 チョコレートパフェを頼んで写真を撮り、『試験終了!』とfacebookとインスタにあげた。伊藤ちゃんは桃のタルトを頼んでいた。食べ物の話になったら急に落ち着いたみたいだった。


 新橋さんて、こういう所にすごく慣れてるんだねえ。


 伊藤ちゃんが妙に感心したように言った。松井カフェと大して変わんないじゃんと言ったら『全然違うよ』と言われた。伊藤ちゃんはまたあたりを見回して、


 東京の女の子って、みんな化粧品のCMみたいにきれいな顔してるね。


 と言った。メイクが濃いだけだよと言っておいた。地の顔はたぶん東京も秋倉も変わらない。今は田舎の人でも全国同じような通販の化粧品とか使ってるから、違うとしたら、普段の生活から来る意識だ。まわりに常にきれいな子がいて、負けたくないっていう気持ち。半分は自分への期待、半分は見栄。


 そういえば、秋倉では見栄張ってる人にほとんど出会わないね。


 私は言った。


 こっちだと、小学生がもうブランド物持ってたりする。


 え〜!?小学生にブランド物は早くない?


 それがね、裕福な人の考え方は逆なの。『小さい頃からいいものに触れさせたい』『良質な物を知らせたい』なの。ブランド物が本当に良質かという問題は置いとくとして、お金のある人は、子どもにやたらにいいものを持たせたがるし、いいものを食べさせたがる。海外旅行にもよく行くし。


 でも、そんな生活に慣れたら、大人になってから大変じゃない?


 まさにそれ、あのむかつく新道が言ってたこと。

『金持ちの親を持った子の方が、自立する時苦労する』

 そりゃそうだよね。大人になったって、いきなり親と同じ金額稼ぐのは無理だもん。世の中の人が忘れてるのは、大人になったらスタートラインはみな同じってこと。『自分の生活費は自分で稼がなきゃいけない』これは普通の人にとっては当たり前のこと。でも、なまじ親が金持ってると『もう十分幸せなのになんで苦労してまで自立しなきゃいけないんだ?』って考えちゃうのね。それでいくつになっても生活を親に頼って、中年になっても世の中に出る機会を失ったままになっている人、何人か知ってる。

 私はそうなりたくないから大学ではバイトするつもり。


 すると伊藤ちゃんが、


 新橋さん、けっこうまじめに物事を考えてるんだね。


 と言った。今まで私を何だと思ってたんだと言いたかったが、やめた。たぶん世間がよく言ってくる『楽してる芸能人の子ども』みたいなやつかもしれない。そんな人どこにも存在していないんだけどなと思う。どこに産まれようが、人は生きてるだけで大変だから。

 ふと、前の学校の子達を思い出した。あの子達はみんな金持ちの子どものはず。でもみんな目が死んでた。塾と習い事で予定はいっぱいなのに人生は空っぽ。または、親のエゴと期待でいっぱい。

 世の中に楽してる人なんていない。

 たまに楽しそうな人がいるだけだ。

 そして、ネットでもテレビでも、楽しそうな人だけが目立つ。



 伊藤ちゃんに『夜の東京を楽しもうよ〜』と言ってみたが『やだ!もう帰る』と言われた。早くホテルに帰って修平と話したかったらしい。こんな連続でホテルに泊まれる伊藤ちゃんも裕福な人だなと思った。普通地方から受験に来た人って試験終わったらすぐ飛行機で帰るだろう。

 私は一人で地下鉄に乗り、昭和の雰囲気が残る小さな商店街を歩いた。ごったがえす人、焼き鳥の匂い、すでに酔っぱらっている人の話し声。暗くなった空に煌々と輝く店の看板。

 もうすぐ、新しい生活が始まるんだ──

 私ももうすぐ、このごちゃごちゃした空気の一員になるんだと思ったら、妙に嬉しくなってきた。元々こっちに住んでいたはずなのに、こんな気持ちになるなんて自分でも不思議だ。やっぱり一度外に出て遠くへ行ったから、逆にこのごちゃごちゃのよさがわかってきたのかもしれない。

 私は、試験が終わった開放感と、次の生活への期待を思いきり吸い込んだ。吐く息から、今までのいろんなことが抜けていく気がした。

 私はもう、大丈夫なのだ。




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