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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2018年2月

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2018.2.11 日曜日 サキの日記 東京

 伊藤ちゃんは、東京の人の多さにおびえまくってる。修学旅行の時は平気だったくせに、今日は私から離れようとしなかった。困る。試験会場までぴったりくっついてこられたらたまったものではない(会場は同じだけど)。

 一緒に飛行機に乗るとこまでは全然平気だった。修平の病院に行くために地下鉄に乗ったあたりからびくびくし始めた。地下鉄乗ったことないから怖いというのもあったらしいが、


 人、多すぎない?


 と言って、ぴったり私の横にくっついてくる。今日一日ずっとそうだった。こんなんで試験まで大丈夫だろうか。

 修平が入院してる病院は、めっちゃ規模の大きな総合病院だった。中にコンビニもカフェもある。なぜかアイスクリーム屋まで入ってる(健康的に問題ないんだろうか?)店の中心に大きな広場があって、人々の憩いの場になっているようだ。普通の服装の人と、入院患者らしきパジャマの人が入り混じっている。

 カフェでコーヒーを買って伊藤ちゃんを落ち着かせてから、修平がいる病棟に向かった。

 修平はやせていた。秋倉にいた頃に比べるとひとまわり小さく見えた。他の患者と同じパジャマを着ていた。部屋は個室で、手元にあるパソコンとスマホだけが外とのつながりみたいだった。


 うわ、マジで来ちゃったの。


 おどけた話し方はあいかわらずだった。たぶん伊藤ちゃんと2人きりになりたいだろうと思ったから、私は少し話してからすぐ出て、カフェに戻って時間つぶしすることにした。こんな所にあるアイス屋も気になったし。

 アイス屋に近づくと、すぐ隣にレストランがあることにも気づいた。なんでもあるなこの病院。しばらくアイス屋の前を観察していると、どうも、お見舞いに来た子ども連れのお母さんが利用してるみたいだった。たぶん、夫か親が入院しているんだろう。無邪気にアイスを食べている子どもは、大人がかかる病気のことなんかきっと理解していない。

 アイス買うのはやめてカフェがある広場に戻って、別な通路に入った。古めかしい理髪店と自動販売機コーナーがあって、パジャマのおじさんが新聞を読んでいる。少し奥には郵便局がある。

 前に修平がLINEで『大きな病院は町みたいなものだ』と言っていたけど、本当にここにはなんでもありそうだ。他にも大きな病棟がいくつかあるし、ここにいる人の人数は、小さな村の人口くらいはあるかもしれない。

 カフェに入ってブレンドとスコーンを頼んだ。中の客にもパジャマの人が混じってる。お見舞いに来た家族と話している人、一人でスマホをいじっている人、いろいろだ。

 きっとここは入院してる人にとっては大切な、一息つける場所なんだろうと思った。さっき見た修平の部屋を思い出す。あそこからずっと出られないのはつらすぎると思う。カフェは必要だ。たぶんアイスクリーム屋も。

 スマホが鳴った。父からバカピョンなLINEが来てた。修平のお見舞いに来てると言ったら、


 受験前に病院なんか行って大丈夫?変な病気うつされたらどうする?


 とか言ってきやがったので、今街のカフェにいるから大丈夫と言っておいた。嘘はついていない。

 伊藤ちゃんは2時間くらい降りてこなかったので、私はカフェで小説を書いていた。途中でおばちゃんに声をかけられたりもした。おばちゃんは、夫が仕事中の事故でケガをして入院したとか、息子が全然お見舞いに来てくれないとか、娘の服か胸はだけすぎてて目のやり場に困るとか、いろいろ一方的にしゃべってから、勝手に満足して帰っていった。

 伊藤ちゃんは戻ってきてすぐキャラメルマキアートとベリーマフィンを頼んだ。


 思ったより大変そう。


 修平とこれからの話をしたらしいが、今のところ退院できるめどはないらしい。本人は動けるように努力してるけど、2〜3時間が限度みたいだと言っていた。


 修平の何がいいの?


 と聞いたら、


 理屈じゃないんだよ、恋は。


 と言われた。それから伊藤ちゃんは、ものすごい勢いでベリーマフィンを食べた後、


 人が多くて疲れるから早く帰ろう。


 と言い出した。何を言ってるんだ。これくらいで疲れられては困る。

 一緒に渋谷に行こうと誘った。嫌がってたけど無理やり連れて行った。これから東京で暮らすんだからこれには慣れてもらわないと。

 スクランブル交差点まで行った。伊藤ちゃんは怖がって私にぴったりくっついて離れなかった。帰ろう帰ろうとうるさい。仕方ないのでそのあとすぐに予約してるホテルまで送ってあげた。

 これはいかん。伊藤ちゃんにはもっと人慣れしてもらわなければ。

 明日は竹下通りに連行することにしよう。

 私は自分のマンションに帰った。しばらく帰ってなかった自分の部屋は、やっぱり他人の部屋のような気がした。米津玄師をかける。ベッドで寝ていたら、ふと、奈々子が私をのぞきこんで笑っているような気かした。私は気づいてなかったが、彼女はここでもずっと私と一緒にいたのだ。

 でも今は一人。彼女の幻はすぐ消えた。ここにいるのは私だけ。

 これから私は一人で人生を作っていかなくちゃいけない。






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