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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2018年1月

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2018.1.26 金曜日 サキの日記

 研究所に行った。秋倉にいられるのもあと一カ月ちょっとだし、もういろんなこと気にするよりも所長とは友達として仲良くしておきたいと思ったし。

 所長は部屋にいなくて、Linjiripolkkaがかけっぱなしになっていた。陽気なおじさんの歌声が響く中、シュネーがソファーで昼寝していて、かま猫はどこを探してもいなかった。こんなに寒いのにどこに隠れてるんだろう。

 ソファーに座って待っていたら、所長が2階から降りてきた。こっちに来てから買い集めた北海道の植物図鑑なんかを整理してたらしい。

 奈々子が生きてたらどうなっていただろう、みたいな話をした。所長は、


 あの2人は付き合ってもうまくいかなかったと思う。


 と言った。


 あれは恋人どうしというよりは、音楽仲間としての愛だったんじゃないかな。


 そうだろうか。ただの音楽仲間をあんなふうに抱きしめたり愛おしげに見たりするだろうか。私は奈々子を通してそういう結城さんを知った。絶対に私には向かなかったけど、あれは間違いなく男女の愛だと思った。

 所長は昨日、橋本の友達とカフェで会い、普通に自分の友達のように話ができたと言っていた。身体感覚に『この人は話せる人だ』という情報が残っていたらしい。


 これからあいつの知り合いに会うたびにそういう気分になるのかな。

 前は知らない人が突然親しげに話しかけてくるのが怖くて仕方なかったんだけどね。昨日は不思議と平気だった。


 幽霊達は、たぶん本人も気づかないうちに、何かを残していった。何を?と言われるとはっきり答えるのは難しいんだけど、ある種の『人情』みたいなものかな。かつて存在していたもの、今も存在しているものに対するどこかほっとけない気持ち。それでいて自分の一部であるような、そんなものを。

 話してたらあかねからLINEが来て、


 バレンタインのチョコ注文するってママが言ってるけど、あんたどうする?


 と言ってきた。バレンタイン!そんなものあったっけ。受験とかですっかり忘れてた。帰ってから決めると返事しておいた。今年も一応父には送っておかないとな。あとカントクと、修平にも。見た瞬間に義理ってわかるやつを。

 所長には何がいいかなと考えたら、まりえさんに頼もうかと思いついた。もう遅いかな。

 私は用事があると言って研究所を出た。そして、駅前通りのまりえさんの店に向かった。ショーウィンドウにはうさぎやリスのチョコレートがたくさん並んでいた。かわいらしいやつじゃなくて、本物そっくりで、飛び上がりそうな格好をしていて、今にも動き出しそうな動物達が。

 店員さんに聞いたらまりえさんは奥で『聖バレンタインの像を作ってる』そうで、今は会えないと言われた。私は、所長のためのバレンタインチョコレートを頼みたいのだと説明した。木の形をしたやつがいい。花とかだと愛情を感じさせすぎちゃいそうだから、秋倉の森にある大木みたいなイメージの木が欲しいんだけど、今からじゃ無理だろうか、と尋ねた。

 店員さんはちょっと考え込んてから『本堂に聞いてみます』と言って店の奥に行った。すると、まりえさんが出てきた。エプロンにチョコレートがべったりくっついていて、匂いがプンプンしていた。


 私も久方さんに贈りたいと思っていたから、

 連名にしてくれたら、一万円でやってあげる。

 30センチくらいのものになるけど、いい?


 一万円にちょっと迷ったけど、もう最後だからいいかと思ってOKした。このことは誰にも話さないことにした。話したらまた『金持ちのお金の使い方』とかあかねと佐加に言われてしまいそうだ。

 でも別にいいよね。

 所長には今まですごくお世話になったし助けてもらったし迷惑もかけまくってきた。最後にこれくらいしてもいいよね、恋愛として好きではなくても友達としては好きの部類に入るし。

 帰り道で雪が降ってきて、シャッター商店街を白い光の粒が飾った。雲の薄い所から光が落ちてきて、強まったり弱まったりする。

 こういうものの美しさを教えてくれたのも所長だった。

 雪原を写真に撮って、所長に送った。


 雪も、生きているんだよね。


 という言葉が返ってきた。


 冬の間だけ、光り輝くために。

 そして春には水になって、植物に命を引き継ぐんだ。


 こういう所長、すごく好きだ。

 こういう人にはもう二度と出会えないと思う。

 私は光の粒が舞う中を歩いていった。道は真っすぐで、雪原はどこまでも白くて、山はかすんでも美しかった。ここに私がいるということ、私がいたということを、この土地は覚えていてくれるだろうか。

 私は一生、忘れないと思う。





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