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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2018年1月

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2018.1.23 火曜日 サキの日記

 3時台に目が覚めてしまった。しかも頭がものすごくはっきりしていて、もう眠れそうになかった。なので起きて、ストーブをつけて今これを書いてる。

 冬の早朝だ。もちろん外は暗くて、寒い。

 突然できてしまった100%私だけの時間。学校も友達も平岸家の人もいない私一人の時間。

 所長は夕ぐれの詩がお気に入りだったけど、朝だって同じくらい『よい時』だ。穏やかで美しい唯一無二の時間だ。でも私達は『ああ、学校が』『これから仕事か、嫌だな』なんていう、これから起こる『未来』のことを考えてしまって焦り、今のこの『美しい朝の時間』を十分感じずに、足早に通り過ぎてしまっている。

 何にもない、私だけが存在する時間。

 午前4時。

 机のランプだけつけている室内、ストーブの音だけが低く響いている。薄暗さの奥にある、中がごちゃごちゃのクローゼット──3月までに片付けなきゃいけないなと思い、自分の思考がまた未来に飛んだことに気づく。コーヒーをいれる時以外はほとんど使っていないキッチン。一人暮らしを始めたら料理しなきゃな──あ、また飛んじゃった。

 窓から外を見ても、真っ暗で何も見えない。田舎の夜は本当に暗い。建物も電灯も少ないし、草原通りはその名のとおりただの草原だから、明かりが全くない。この底しれぬ闇、来た時はけっこう怖かった。今も怖い。奥から何かが出てきそうな感じ、まだ、抜けない。

 出てくるとしたら、それは自分自身の影だろう。

 私は秋倉で成長しただろうか。少なくとも、自分の悪い所にはけっこう気づいた。他人に対してむやみに態度が悪くなってしまう所。でもわざとやってるわけじゃないし、人が嫌いなわけでもない。ただ、愛想よくするのが苦手なだけ。

 この世には、生まれつき愛想を内蔵して生まれてくる子がいる。何もなくてもニコニコして、人の話をよく聞いて調子を合わせて──なんてことをいかにも自然にやっちゃう子達。そういう子の方が好かれるのはみんなわかってる。でも、()()()()()()()()()()()

 もどかしい。頭の中にもっと大事なことがあるのに、うまく文章にできない。知っている表現が足りないのか?

 私の思考を自動で文章にしてくれる機械がほしい。手で書いてもパソコンで打っても、思考の速さにはとても追いつけない。そうやってとらえきれずに過ぎ去ってしまったいくつもの思考が、手からポロポロとこぼれ落ちていく。

 この地球上の誰もが、地位に関係なくそれぞれのユニークな思考を持っている。なのにそのほとんどは記録されない。古代のバカ男どもが女性に文字を教えなかったせいで、当時の女性がどんな暮らしをして何を考えていたのか記録に残っていない。残ってたら絶対おもしろかったのに。過去に生きていた人達の思考や気持ちの大半は、時の流れの中に消えてしまい、残っていない。

 なんてもったいないんだろう。

 私はこの世に起きるすべてを記録したい。

 そんなの無理だってわかってるし、『なんのためにそんなことするの?』と言われたら『自分のため!』としか言えないけど。


 朝とはこういう時間だ。学校にも仕事にも家族にもとらえられず、世の中の動きからも隔絶している。暗くて、静かで、一人きりで、自分の内面だけをはっきり見つめることができる時間。

 今日はコーヒーを飲む気もしない。コーヒーを飲むと、せっかくの特別な時間が終わって『一日』が始まってしまいそう。つまりコーヒーは、人生の幕なのだろうか?いや、人生はいつだって本番のはずだ。

 シナリオ書けって言われてたの思い出した。小説も途中で止まってる。よく考えたら、私は架空の話を書くより『事実を記録する』ことの方が向いてるんじゃないかと思えてきた。

 ノンフィクション作家になろうかな。

 でも、何を書こう?

 興味のあることなんて、本とコーヒーしかないけど。



 学校で朝早く起きすぎた話したら、杉浦が、


 僕はいつも朝4時に起きて文章を書いているよ。

 村上春樹もそうしているらしいからね。


 と言っていた。いい話なのに杉浦から聞くとなんか気に入らない。

 他の人はみんな朝が苦手で、ギリギリまで寝ていたいそうだ。ヨギナミだけ『5時に自然に目覚める』って言ってて、なぜかみんなに『かわいそう』と言われていた。お母さんの世話をしていた頃のクセが抜けないのかな。

 そういえばうちの父も突然夜中に起きて原稿用紙を部屋中にまき散らしてたことがあるけど、あれに似たとは思いたくないので考えないことにする。






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