2018.1.22 月曜日 ヨギナミ
ヨギナミは学校でずっと杉浦の様子をうかがっていた。自分で焼いたマドレーヌを持ってきたので、杉浦塾に差し入れしようと思っていたのだ。ところが、杉浦は男子達とずっと『高谷に貸す本は何がいいか』について話し合っていて、なかなか話しかける隙がなかった。
帰り、運よく第1グループが掃除当番だったので、帰り際にやっとマドレーヌを渡すことができた。
これ、私が作ったの。
へえ、そうなのか。ヨギナミは何でもできるんだな。
杉浦は軽くマドレーヌの箱を受け取って帰っていった。
私が『月がきれいですね』って言ったら、
杉浦には意味がわかるのだろうか。
ヨギナミは昨日からそんなことを考えていた。
どうしても杉浦と結婚したい。
それが子どもの頃からの夢だったからだ。
最近になってその気持ちが強くなってきた。母がいなくなってバイトもしていないから暇で、余計なことを考えてしまうのかもしれない。
杉浦と結婚して主婦になって、子どもを2人産んで──
しかし、最近の杉浦はそっけない。こちらが近づいていくとかえって避けられてしまうような気がする。
やはり他に好きな子がいるのか。
それは、知性のある早紀なのか。
私にだって知性はあるのに、とヨギナミは思っているのだが、難しい哲学の話はわからないし、そんなことをする余裕がなかったので読書もそんなにしていないし映画も見ていない。伊藤ちゃんも言っていたではないか。普通の女子が知っている物語をあなたは知らないと。
なんとなく沈んだ気持ちで帰り道を歩いていると、
おう。
雪原の道の真ん中に、高条が立っていた。
何してるの?
ここの景色を撮ってた。
何にもないのに?
いや、こんなだだっ広い真っ白な平面、他ではなかなか見れないよ。この町の人は自分が住んでる所の魅力に気づいてないよ。
高条の『自分だったらこの町をこんなふうにPRする』という話を聞きながら一緒に歩いた。足は自然とカフェに向かっていた。
今日は天気よくてよかったよ。天気悪いと店の客が目に見えて減るから。
高条が言った。
高条はあのカフェを継ぐの?
いや、俺は動画で生きてくつもりだから。
じゃあ、マスターがいなくなったら終わり?
もったいないよ。
高条は返事をしなかった。ヨギナミは『私に譲ってもらえないだろうか』と一瞬考えたが、すぐに打ち消した。そんなことできるはずがない。
男子は、卒業旅行行くの?
ホンナラ組は利尻島に行きたいって言ってる。奈良のとっつぁんの友達が住んでるから。3月まだ寒いから南の方にしようって俺は言ってるんだけど、なんかあいつらサバイバル要素が旅に欲しいらしくて。
ああ、あの2人サバイバルゲーム好きだもんね。
でもそんなことちっちゃい島でやったら絶対捕まるって。だって銃持って歩くんだよ?本物じゃないにしてもさあ──
そんな話をしているうちに2人はカフェに着いた。店内には観光客がたくさんいて、松井マスターがせわしなく動き回っていた。高条はすぐカウンターに入り、ヨギナミはその反対側に座った。
2人は何を話すでもなくただそこにいた。時々高条は店の手伝いをして、コーヒーをいれたりケーキを運んだりしていたが、それでもヨギナミの方をちらちらと気にしているようだった。ヨギナミの方でもなんとなくそれを感じていて、特にすることもないけれど、コーヒーをゆっくり飲みながら動かずにいた。
そのうち平岸パパから『今どこにいるの?』とLINEがあり、帰る時間を大幅に過ぎていることに気づいた。ヨギナミは慌てて外へ出た。暗くなっていて、小粒の雪がちらちらと舞い降りていた。
私は何をやってるんだろう。
杉浦にマドレーヌを渡したんだっけ。
あのまま塾についていけばよかったのに、どうしてよりによって高条なんかとカフェに来ちゃったんだろう。
ヨギナミは、自分の行動の意味をはかりかねていた。




