2018.1.17 水曜日 ヨギナミ
鉛色の空の下、灰色の波が音を立てている。
ヨギナミは佐加と一緒に冬の浜辺を散歩していた。人はいない。佐加は、海は冬も美しいんだよと言って、人をここに連れてくる。風が強く冷たいので長居はできないのだが。
果てしなく広がっている海。向こうにあるのは別な大陸、別な国だ。なのになぜか、この向こうには死者の国があって、母やおっさんがそこにいるのではないか、とヨギナミには感じられる。暗い冬の海の色彩のせいかもしれない。
サキ、旅行に来てくれないかも。
佐加がつぶやいた。
それはないんじゃない?
でもめっちゃ怒ってるじゃん。あんなに怒るとは思わなかった。
気にしてるんだね。自分が有名人の子だってこと。
2人は浜の商店街にある佐加の家に向かう。母と従業員がコスプレ衣装を作っている。佐加はそれを横目で見ながら、
あたしはハリウッドのドレスを作りたい。
と真面目な顔で言った。
グラミー賞とかで着てるやつ。
佐加ならいつかできるよ。
ヨギナミは『グラミー賞』が何かよく知らなかったが、一応言ってあげた。
だといいんだけどな〜。
小さなつぶやき。今日は元気がない。
外回りに出ていた佐加の父親が帰ってきて、手のひらに乗る大きさの丸いお菓子をくれたので、佐加の部屋に行って食べた。部屋の壁はあいかわらずファッション雑誌の切り抜きやネットのコピーでいっぱいで、その中に何枚か、藤木と2人で撮った写真が混じっていた。人工的に作られたような人々の中で、この2人だけが自然に見える。
ヨギナミが写真をじっと見ていると、
藤木と離れるの、嫌だな。
佐加がつぶやいた。
どうしてファッションの世界は都会にあるんだろう?浜にも人住んでるのに。
ヨギナミはなんと答えていいかわからなかった。ただ、浜にも秋倉にも服を売っている店がないので、ファッションをここで学ぶのは無理だろうなとは思った。インターネットはあるけど、画面を見るだけでおしゃれになれるとは思えないし。
服は実際に着てみないとね。アクセサリーもそう。
佐加が言った。
ヨギナミはもう、あたしの作った服は着れないよね?
なんで?
公務員はかっちりした服しか着ないじゃん。
休みの日に着るよ。
でも田舎って人の目があるからさ。
佐加ってさ、自分の服をなんだと思ってるの?真面目な人は自分の服着ないと思ってる?
でもみんな変とか派手とか言うじゃん。
そこが佐加の個性じゃないの?
そうかな〜?
河合先生が『みんな』って言うなって言ってたじゃん!
悪く言ってくる人なんて、田舎のたかが3、4人でしょ?
そっか。そうだよね。
佐加は立ち上がって大きな伸びをしながら、
よーし!入学式のドレス作るか!
と言った。やっと元気が出てきたらしい。
ヨギナミが平岸家に帰ると、食卓で早紀がスマホをいじっていた。
まだ怒ってるの?
元々怒ってない。
早紀は不機嫌な顔のままだった。
ただ、わかってないなって思うだけ。
女優なんか人が思うほどキラキラした職業じゃない。
卒業旅行、行くよね?
行くに決まってんじゃん。なんでそんなこと聞くの?
佐加が心配してたから。来ないんじゃないかって。
ヨギナミがそう言うと、早紀は大きく目を見開いた。
なんでそういう話になるの?私は行くよ。来るなって言っても行くよ?
ならよかった。
早紀はまだ何か言いたそうだったが、ヨギナミは平岸ママの手伝いをするためにその場を離れた。
平岸家の食器棚にある膨大な量のお皿──かつてここに何十人も下宿していた頃の名残──を見ながら、もうじきここの役目も終わって、私も知らない世界に行くのだな、と思っていた。
卒業は、ゆっくりと近づいてくる──。




