2018.1.15 月曜日 研究所
早紀がやってきた。今日は始業式だったそうだ。制服の早紀を見るのはずいぶんと久しぶりのような気がした。そもそもしばらくここに来ていなかったからかもしれない。
奈々子のことを思い出すんですよ。
もし殺されずに済んでいたら、私と同じようにセンター受けて大学行ってたかもしれないですよね。結城さんや修二と一緒に、狸小路で歌い続けていたかもしれない。
そう思うと、すごく悲しくなってくるんです。理不尽だって。
でも同時に、まだ奈々子が一緒にいるような気もしています。一緒にセンターを受けたような感じ。これからも一緒に大学に行って、ずっと一緒のような気がします。
僕も時々ぼんやりしてると、自分はまだ橋本なんじゃないかって思うことがある。あいつもまだ僕の中にいるんだな。
そこで2人の言葉は途切れた。早紀がコーヒーを口につける。外では雪がちらついている。猫達はテーブルの下にいる。
所長。
早紀がつぶやくように言った。
私達、ずっと友達でいられますよね?
言葉の真意がつかめず、久方は無言で早紀をじっと見た。
卒業して、離ればなれになっても、会えなくなったりしませんよね。LINEだってあるし、facebookを見ればお互いに何が起きてるかわかるし──さよならになったり、しませんよね?
久方はどう答えていいかしばし迷った。実は、神戸に帰ったらもう早紀とは連絡を取らないつもりだった。なぜなら、自分は早紀が好きだが、早紀は友達としか思っていないから。大学に行ったらきっと早紀には彼氏ができるだろうし、いつか結婚もするかもしれない。それを見続けるのは、久方にはつらかった。
大丈夫だよ。
久方は気休めにそんなことを言った。
何かあったら、いつでも連絡していいからね。
自分が何を言っているのかわからないままつぶやくと、久方はフィンランドの音楽に話題を変えた。昔隣に住んでいたフィンランド人がCDをくれたのだが、フィンランド語がわからないので歌詞の意味が全くわからない。でも、わからないなりに聴いていると音がとても面白い。
Linjiripolkkaの陽気な歌声が部屋に流れてきた。
楽しそうな歌ですね。
早紀が笑った。かわいい。
何言ってるか全然わからないけどね。でもこの曲、フィンランドには昔からあって、おばあさんなんかは歌詞を覚えているらしいよ。
そんなたあいもない話をしばらくして、コーヒーとお菓子がなくなった頃、早紀が、
私達、ずっと一緒ですよね?
と、上目遣いで聞いてきた。
好きでもないのに一緒にいてどうするの?
と聞きたくなったが、実際に久方の口から出てきたのは、
大丈夫。
という無責任な言葉と、作り笑いだけだった。
夕食の時間が迫ってきて、早紀は帰っていった。久方はため息とともにソファーにへたりこんだ。
つらい。
早紀になんとも思われていないのがつらい。
なのに、ずっと一緒にいたい、さよならは嫌だなんて言う。女の子は残酷だ。残酷なのに離れがたい。
久方はしばらく、今までの早紀の行動を思い出していた。近寄ってきたと思ったら避けられる、その繰り返しだった。彼氏がいたこともある。こんなに長く一緒にいるのに、男として見てもらえない。
いや、いいんだ。
もうすぐ神戸に帰るんだから。
サキ君だって、大学で忙しくなれば、僕のことは忘れてしまうだろう。
久方は立ち上がってキッチンに行き、簡単なペペロンチーノを作って夕食を済ますと、2階の自分の部屋に行き、ベッドに倒れた。
なぜか、ひどく疲れてしまっていた。




