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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2015年11月

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2015.11.26 ヨギナミの家


 与儀あさみは横になって目を閉じ、微かに聞こえる風の音や鳥の声に耳を澄ました。もう自分には得られない自由。どこかへ飛び去った平安。こうしていると、まだ少しは残っているような気がする。もちろん、気休めだということは、本人もよく知っていた。


 あさみは、本当に具合が悪かった。

 ここ数年、ずっと。


 誰かが(いや、それが誰か、あさみは知っている)与儀の病は仮病だ、公的支援の不正利用だと町中に言いふらし、同じ頃、定期的に様子を見に来ていた人たちが、ぱったりと姿を見せなくなった。

 人とは、そういうものだ。

 あさみは小さい頃から、心ない人々に囲まれて育ったので、見るもの全てに諦めが混じっていた。同じ年代の女性が持つ、人の悪口を言ってでも自分は正しいと思い込める強さが、あさみには全くなかった。


 娘は信じられないくらい真っ直ぐに育っている。

 こんな境遇で。

 出来が良すぎて、見ていていらいらするほどに。

 あんなに人が良くては、そのうち誰かに騙されて、それこそ自分のようになってしまうのではないか。あさみは本気で心配していた。顔には出さないように努力はしていた。それでも、笑うのは年々、難しくなっていく。


 窓際には、平岸洋子が活けたフラワーアレンジが、薄い日光にきらめいている。淡い紫のトルコギキョウ、ピンクの薔薇、よく見る組み合わせ。



 アレンジの教室開くの!!

 来て!



 そう誘われて行った町民会館のアレンジ教室は、街の意地悪なババアたちに酷評され、気性の激しい洋子は子供のようにわんわん泣いた。普段気の強い彼女にやりこめられていた同級生は、みんな面白がった。ざまあみやがれと。あさみは彼女を松井カフェに連れて行った。

 前の髭のマスターが、上手く慰めてくれた。


 元気になったら店に花いけてくれよ。


 洋子は言われた通りにした。その年の夏、花に囲まれたカフェは観光客や、意外にもトラックの運転手たちに好評だった。町の常連には複雑だったろうが。



 20年以上前のことだ。

 今の風格さえ漂う『平岸ママ』からは、当時の狂乱ぶりは想像も出来ない。


 何年か前、ガスも電気も料金が払えず、そろそろ止まると娘と覚悟していたことがあった。

 いつまで経っても、何も止まらなかった。

 取り立てに来るはずの職員も姿を見せない。



 ママに公共料金払わせないでよ!!



 娘が平岸あかねから怒鳴られたと聞いて、初めて知った。洋子が代わりに払っていたと。後で洋子の夫が娘の無礼を謝りに来たとき、あさみは情けなさのあまり消えてしまいたいと思った。町からの援助を受けるようになったのはその直後だ。



 もしかしたら洋子は、あの日のことをまだ恩義に感じているのかもしれない。それにしても、平岸家からは受け取りすぎている。



 洋子は成功者だ。

 ハゲてはいるが心優しい金持ちと結婚し、夫の方を自分の故郷である秋倉に呼び、自分の子どころか、よその子まで面倒を見ている。その杓子定規な仕事ぶりや、見栄っ張りな態度が町民や下宿生にからかわれても、最後には信頼され、頼られる。



 自分は娘一人すら、満足に育てられない。



 あさみは目を開け、しばし空中を見つめると、また目を閉じた。自身の悲惨と、だるさと、苦痛と、自己嫌悪と。全く動いていなくても、彼女は戦っていた。壮絶に、内側の戦いを。


 外側にいる人間には、それが全く見えない。




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