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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2018年1月

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2018.1.9 火曜日 ヨギナミ

 ヨギナミの家に入居希望者がやってきた。30代くらいの夫婦で、2人とも彫刻家だという。アトリエになりそうな家を探していて、静かなこの場所が気に入ったらしい。

 平岸パパが土地の権利や設備などの話をしている間、ヨギナミはこの風変わりな夫婦を観察していた。無精ひげにメガネ、格闘家のようながっちりした体格、ブランド物らしいスニーカー。妻の方は紫色のバンダナをし、そこから縮れ毛がこぼれている。日焼けしていて、人種が違うのかと思うくらい顔の色が違う。もしかしたら外国人なのかもしれない。

 2人はキッチンを改装して、外にガレージを建てようと話していた。平岸パパがちらっとヨギナミを見た。ヨギナミは『いいですね』と言った。


 本当にここに住んでたの?一人で?


 妻がヨギナミに尋ねた。


 一人じゃありません。母と一緒でした。

 亡くなったんです。


 それは、大変だったわね。


 心から同情する顔で妻が言った。ヨギナミはふと疑問に思った。母が亡くなったことと、それまであの母と一緒に暮らしてきたことと、どちらが大変だったろう、と。




 帰り、平岸パパが松井カフェに行きたがったので、ヨギナミはしぶしぶついていった。店内に入ると平岸パパはすぐ松井マスターに今日の話を始めた。


 よかったわね。町の人口が増えて。


 松井マスターが言った。


 最近、この町も移住希望者が増えてるよ。

 何もない代わりに、観光客も来ないから静かに過ごせるしね。


 2人が世間話をしている横で、ヨギナミはカウンターの向こうを気にしながらコーヒーをすすっていた。高条がパソコンに向かって、何か熱心に打ち込んでいる。何をしているのか聞きたいが、気があると思われても困る。ヨギナミはしばらく高条を観察していた。シェフに『結婚を前提に付き合おう』と言われたことを知ったら高条はどう思うだろうと考えながら。


 何?


 高条が視線に気づいた。


 あの、えっと、


 ヨギナミは慌てた。そして、


 サキと所長さんって、どうなるのかな。


 考えていたことは全く違うことを口走った。


 知らねえよそんなの。


 高条はそっけなく答え、またパソコンに目を戻した。


 でも、このままでいいのかな。所長さんは本気でサキのこと好きだし、サキもしょっちゅう所長さんの所に行ってるでしょ。3月に離ればなれになったらさみしくないのかな。


 サキは誰にも興味ないんだよ。


 パソコンを見たまま高条が言った。


 サキは自分にしか興味がない。誰のことも本気で好きにならないんだよ。


 なんでわかるの?


 答えはなかった。高条はパソコンに向かったままそれ以上一言も発しなかった。平岸パパは別な客と近くの観光地の話をしていた。ヨギナミは『先に帰ります』と言って店を出た。風が冷たい。でも少し歩きたい。


 高条、まだサキのこと好きなのかな。


 ヨギナミは小声でつぶやいた。それから、いや、私が好きなのは杉浦だ、と思い直した。杉浦の家に行ってみようかと思ったが、今日は塾が開催されているからサキもいるだろうと思って、やめた。


 サキは自分にしか興味がない。


 と高条は言っていた。そんなことはないとヨギナミは思った。結城さんを好きだった頃のサキはかなり思いつめていたし、時々人に向かって偉そうに改善点を指摘したりするし、興味はあると思った。


 人に説教したがるところ、杉浦に似てる。


 前にもそう思ったことがあったっけ。ヨギナミは立ち止まった。もしかしたら、サキと杉浦は相性がいいのかも。

 悲しくなってきた。早足で歩き出した。部屋に戻って本でも読もう。

 雪原は日光できらめき、光の照り返しが強くてまぶしい。佐加が、冬のほうが日焼け止めが必要だとか言ってたっけ。そういうこと、あまり気をつかったことなかったけど。


 高条はまだサキのことが好きなんだろうか。


 平岸アパートについたころ、またこの疑問がぶり返した。


 そんなこと、どうでもいいじゃない。


 ヨギナミは自分に言い聞かせるようにつぶやき、『行人』を手にとって読み始めた。おっさんが好きだった本だ。しかし、読んでも内容が頭に入ってこない。先ほどの、高条のそっけない様子だけがやけに思い出される。

 私は何を考えてるんだろう。

 ヨギナミは読書をやめて、平岸家に行くことにした。じっとしているより、平岸ママの家事の手伝いでもしていた方が気が晴れると思ったから。




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