表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年12月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1058/1131

2017.12.23 土曜日 クリスマスパーティー

 カンパーイ!


 佐加の声とともに全員が──パソコン画面の高谷修平も含めて──飲み物を高くかかげた。

 テーブルだけでは乗り切らなかった平岸ママの作りすぎ料理がカウンターにずらりと並び、まるでホテルのビュッフェのようになっていた。みんなはテーブルとソファーに分かれて座り、思い思いに食事をしたりおしゃべりしたりし始めた。

 久方はもちろん早紀の近くの席に座った。


 所長。


 早紀は満面の笑みで言った。


 さっそく、あれをやりましょう!


 そして、勢いよく立ち上がってキッチンに駆けていくと、ニヤニヤしながら、チョコレート像が入った箱を持ってきた。みんなが、それは何?とか言いながら集まってきた。

 早紀がチョコレート像を取り出すと、みんな驚いた。すごい、そっくりすぎる、銅像みたいなどど口々に言った。みんな像を自分で持ちたがり、久方は、自分がみんなにじろじろ見られているようで落ち着かなかった。早紀が、


 これは所長の間違ったイメージなので、

 これから叩き壊してもらいます!


 と言うと、みんながいっせいに久方の方を見た。久方は走って逃げたくなったが、代わりにゆっくりと自分の部屋へ歩いていき、ホームセンターで買ったばかりのハンマーを持ってきた。みんながおおーとかこわーとか声を上げた。


 さーあ、やっちゃってください!


 早紀が像をテーブルの真ん中に置き、女の子達が周りの皿を移動させた。

 みんなが久方を見ている。

 期待と好奇心と、『本当にやるの?』という疑問が混じった目で。

 久方は像を見た。草原を歩いている自分の姿、過去にさいなまれて迷い歩いた秋倉での日々。あの人の影や幽霊に怯え、自分をダメにしてしまった日々。それももう終わりにしなくては。

 久方はハンマーを軽く振り上げると、思いっきり像に打ちつけた。

 像は意外と固く、帽子の部分が少し欠けただけだった。久方は何度も像を叩き続け、最後の方ではかなりやけになっていた。全て粉々になるまでにだいぶ時間がかかったが、だいたい一口大のかけらになった頃、みんなの手がいっせいにチョコレートに伸びていって、像はあとかたもなくなった。

 ここ数日の悩みのタネだったものがあっさりこの世から消えたので、久方はポカーンとした。もしかしたら、過去の自分を捨てるのも、そんなに難しくないのかもしれない。


 このチョコ、おいしい。


 佐加が言った。


 ハンマー振り下ろしてる久方さんの顔ちょっと怖かったっすよ。


 保坂が言いながらかけらをかじった。


 僕は過去の自分を壊すつもりで叩いてたから。


 これで、新しい人生を始められますか?


 早紀が尋ねた。少しさびしそうな顔をしていた。でも、美しかった。

 早紀がここにいるだけで自分は幸せだ。

 久方はある詩を思い出した。


『夢見たものは ひとつの愛

 ねがったものは ひとつの幸福

 それらはすべてここに ある と』

(立原道造『優しき歌』)


 もちろん早紀は久方を愛しているわけでも、久方のものになったわけでもない。しかし今この瞬間、目の前で笑ってくれている。それだけで幸福だ。

 久方はこの詩を読んでいた学生時代を思い出した。あの頃は何もかもが怖くて、常に怯えていて、他人が信用できなかった。世界は暗く、未来もないように思えた。いつか自分がこんな幸福を感じるようになるなんて、あの頃は思ってもみなかった──

 詩のことがわかりそうな杉浦にこの話をすると、


 久方さんもこの詩をご存知でしたか!


 と、目を輝かせながら自分が好きな詩の話を始めてしまった。久方は、佐加がものすごい目で自分をにらんでいることに気がついた。『ホソマユに文学の話するなんて余計なことをしやがって』とそよ目は語っていた。

 ふと見ると、伊藤がパソコンを持ちながらツリーの飾りをさわっていた。修平と話しているのだろう。

 修平のことを思い出したら、橋本や新道先生、奈々子さんのことを思い出した。あの人達は今頃天国で何をしているだろう?今日の出来事を笑っているだろうか。それはわからないが、今でも自分達を見守ってくれているだろう。それは間違いないと久方は感じていた。根拠も証拠もないけれど、それは確かだと感じる。自分がそう感じるのだからそれでいい。

 そう、これでいいのだ、全ては。


 所長、ぼーっとしてるけど、どうかしましたか?


 早紀がケーキ皿を手に取ったまま尋ねた。口の端にクリームがついている。


 ちょっと昔を思い出していただけだよ。


 久方は笑って言った。


 僕もケーキを食べようかな。


 久方はケーキ皿を取り、小声で『クリーム口についてる』と早紀に言ってから、平岸ママの力作を味わった。パーティーは苦手だが、今日は心からくつろげそうだ。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ