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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年12月

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2017.12.9 土曜日 サキの日記

 今日は出かけずにパソコンの画面ばかり見ていた。米津ファンと進路について愚痴り合い、メルカリで古本をあさり、修平とテレビ電話した。ほとんど勉強できなかったけどいいんだ。土曜日だし。

 同じ大学を受ける彼女は、大学のランクがめっちゃ気になるらしい。


 うちら入る大学レベル低いじゃん。やっぱ東大とか早稲田に比べたらさあ、卒業してもろくな就職先ないよね。今は結婚相手にも収入と学歴を求めるからさ、婚活してもろくな相手いなさそうだし。もう人生何もやる気しないっていうか。


 とかずっと愚痴られた。


 そんなことなくない?どこの大学に行くかより、入ってから何するかの方が大事じゃない?(河合先生もそう言ってたし)。それに東京に住んでると、東大でても何にもできない人の話とかもよく聞くよ?メディアで目立つような活躍してる人なんてほんの一部だよ?


 と言ってみたけど、


 でもやっぱうちらみたいなダメ大学の者はさ、世の中に軽く見られるんだよ。


 とか。あのー、うちら、そのダメ大学にすらまだ受かってないんですけど。

 なんとなく悲しくなってきたので、なぐさめを得るために平岸家に行ったら、平岸ママがクーロンヌを焼いていた。イギリスの料理番組を見て作りたくなったらしい。王冠のような形のパン。ふざけて『かぶってみてもいいですか』と聞いたら真顔で『ダメ』と怒られ、あっという間に切り分けられてしまった。

 パンをかじっていたら修平から着信があったので、テレビの間に行って話した。さっきの子の話すると、


 贅沢な悩みだな。


 と修平は言った。あくまで軽いおちゃらけた言い方で。


 そんなに人生やる気ないなら俺と代われって言いたいよ。こっちは病室とリハビリルームの往復しかできないんだぞ。


 リハビリ偉いね、としか言えなかった。


 俺、一つだけ後悔してることがあるんだよ。

 北海道にいて元気なうちに、もっといろんな所を見て回ればよかった。知床とか稚内とか。

 でもあの時の体力だと秋倉で暮らすのが手一杯でさ。

 旅行できる体力のある奴が本当にうらやましいよ。


 体力あっても何もしない人もいるけどね。


 なんとなく後ろめたくなってきた。私はだらけた生き方をしているだろうか?


 でも、人それぞれに宿命があるよな。

 前百合に借りた本に──たぶん三浦綾子だったと思うけど、

『僕は病気になって死ぬために生まれました』

 って言ってる人が出てくるんだけど、


 すごく残酷に聞こえるんだけど。


 違うって。病院に来てみろって。そういう子どもも大人もたくさんいるから。それが当たり前の宿命って人も世の中にはいるんだよ。俺もそのうちの一人。だから俺は自分の宿命をまっとうすることにした。


 だからリハビリがんばってんの?


 だって百合とデートしたいし、外で。


 そっちかい!


 呆れるべきか悲しむべきか、私はよくわからない。


 ところでサキ自身はどうなの?やっぱダメ大学にしか行けない自分に絶望してるとか?


 言い方!

 私は大学のランクは全く気にしてない。文章ができればいいから。でも、その文章に自信がなくなりつつあるんだよね。

 Facebookにもブログにも読者もいいねもつかないし、私なんかが文章書いて何か意味があるのかなって。


 すると、修平が急に低い、真面目な声になった。

 

 それこそ贅沢な悩みだよ。

 あのさ、生きることについては、他人の評価なんかどうでもいいんだよ。

 サキには書きたいことがあるんだろ?

 自分の内側から湧き出るものがあるんだろ?

 だったら、書けよ。書いていいんだよ。

 ってか、そもそも俺が許可を出すようなことじゃねえし。

 サキは健康で、まだまだ世の中を自分の足で見て回れる。

 旅しろよ。見たものを文章にしろよ。

 自分の中から湧き出たものを大切にしろよ。

 それが生きてるってことなんだよ。

 生きるって、自分という存在と真っ向から向き合うことなんだよ。

 それより大切なことなんて一つもない。

 いいねの数なんてどうでもいいんだよ、人生には。


 カッパに説教された!悔しい!


 その意地悪もなつかしいよもう。


 修平はちょっとだけ笑ってから、


 俺疲れたから切る。


 と、一方的に通話を終えた。

 一応、伊藤ちゃんに内容を伝えてみたら、『修平らしいね』と言っていた。

 受験終わったら、旅しよう。

 そして、見たもの全てを文章にしよう。

 だって、それが私だから。




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