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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年12月

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2017.12.6 水曜日 研究所

 久方創は、うっすら雪の積もった道を歩いていた。今日はきれいに晴れているが、空気はひどく冷たい。日光で昼には雪は溶けるかもしれないが、大地は確実に冬の冷たさをはらんでいる。

 全ての命が眠りについていそうな冬。だが、久方は知っている。この寒さの中でも、活発に動いている鳥達がいることを。小動物が人知れずうごめいていることを。動かないように見える木々が春の芽吹きに向けて力をため込んでいるのを。


 僕の人生は冬から始まったのかもしれない。


 久方はなんとなくそう考えた。本当の誕生日が未だにわからないからそう感じるのかもしれない。

 母に虐げられて捨てられた幼少期、人を信じられずにビクビクしながら過ごした学生時代──先日、早紀には偉そうなことを言ってしまったが、久方は未だに、昔の出来事を思い出すと怖くなる。頭に映像が浮かぶたびに動きは止まり、息苦しくなり、手が震えることもある。

 でも今は、それでも大丈夫だとわかっている。

 時々思い出してしまう記憶も、それとともに吹き出してくる感情も、長続きしないことを知っているからだ。

 少し待てば、治まる。

 そしたら、いつもの生活に戻ればいい。そうすれば今の生活は何の影響も受けない。

 もう自分の感情に振り回されて生きるのはやめにしたい。ここでの生活を終えて神戸に帰るのは、そのいいきっかけになるだろう。

 でも。

 久方は駅前まで歩き、チョコレートショップの前で足を止めた。ショーウィンドウの中には、全てチョコレートでできた大きなクリスマスツリーが飾られている。木も幹も枝も葉も、土台の植木鉢もみなチョコレートでできていて、様々な銀色のチョコレートボンボンがたくさん飾ってある。

 久方はそれをしばし驚きとともに見つめてから、店の中に入った。店内もすっかりクリスマス風に飾り付けされていて、サンタ、トナカイ、スノーマン、その他クリスマスらしい形のチョコレートがたくさん──と思ったら、邪悪な顔で悪い子ども達に石を投げようとする『黒いサンタ』の像が目の前に出てきて、久方は驚いて飛びのいた。


 それ、冗談のつもりで作ったんですけど、

 みんな本気で怖がるんですよ〜。


 奥からまりえか出てきた。イタズラをした子どものように笑いながら。


 ちょうどよかった!少し早いですけど、久方さんにクリスマスプレゼントがあるんです。


 まりえが久方を奥のアトリエに招いた。まりえはウキウキした様子で、保護用の箱の山の中から、50センチくらいある長方形の箱を取り出した。


 びっくりしますよ──ウフフフフ。


 笑い方が平岸あかねにそっくりだったので嫌な予感がしつつ、久方はまりえが箱を開け、中身を取り出すのを黙って見ていた。しかし、


 な、何ですか、これ。


 久方はそれを見て大いにうろたえた。


 え〜!見ればわかるでしょ!

 久方さんですよ〜!!


 そう、まりえが取り出したのは、久方創のチョコレート像だった!

 愛用のカンカン帽をかぶり、コートの代わりに白衣を着て、こころもち上を向いている。


 草原を歩く純粋な少年の幻想ですね。


 早紀が昔言っていた、久方に皆が抱きがちな間違ったイメージ。今目の前にあるのは、まさにそれを形にしてしまったものだった。しかも、上手くできすぎている。自分がもう一人現れたかのようで、大変気持ち悪い。

 久方は固まっていた。全く動けなくなってしまった。頭の中ではいろいろな考えが走り回って混乱していた。ただ一つ確かなのは、この、人をよく見て理解していそうなアーティスト、本堂まりえも、久方のことはありきたりなイメージでしか見ていなかったということた。いや、もしかして、それがわかっていてわざと作ったのか?でも──

 

 カフェで女の子達に聞いたんですけど、クリスマスに久方さんの家でパーティーをやるんですよね?


 まりえが、イタズラに成功した少女の笑みで言った。


 これを出したら絶対盛り上がりますよ。みんなでキャーキャー言って騒いで楽しんで、最後に金槌かなんかで粉々にしちゃってください。みんなが持ってる間違った自分のイメージを。


 ああ、わざとだったのか。

 久方はその場に崩れ落ちそうになるのを、なんとかこらえた。

 やはり本堂まりえは、本質を見るアーティストだった。

 

 あ、パーティーに必要なものがあったらいつでも言ってくださいね。30%オフにしますから。当日は別な用事があって行けないんですけど、カフェで女の子達がパーティーについて楽しそうにしゃべっているのを聞いたら、協力したくなっちゃって。


 そうですか。それはどうも。


 久方は消え入りそうな声をかろうじて出した。


 あの子達、もう卒業ですもんね。


 まりえが急に切なそうな顔をした。


 いなくなっちゃうんですものね。


 そうですね。


 久方はそこで少し自分を取り戻し、早紀がもうすぐいなくなるという事実を思い、彼女のために、パーティーで自分がピエロ役になるのもいいかもしれないと考えた。そうだ、この像は早紀に叩き壊してもらおう。本当は今すぐぶん投げて踏みつけて粉々にしたいくらい気持ち悪いのだが。




 久方は不機嫌な顔で箱を抱えて帰り、一度キャビネットの奥に入れてから、一応食品だから冷蔵庫に入れておこうと思い直し、冷蔵庫の中を整理して、チョコレートの自分が入った箱を奥に押し込めた。

 それから、落ち着きなく建物内をうろついた後、タクシーを呼ぶため宇海さんに電話した。


 ホームセンターに行きたいんです。


 久方は暗い声で言った。


 ハンマーが必要なんです。嫌な奴を叩き壊すための。


 宇海さんは慌てて、


 誰とケンカしたのか知らないけど、早まっちゃダメよ。


 と言った。久方はそこで、自分が殺人を企てているようなことを言ってしまっていることに気づき、慌てて事情を説明した。


 ああ、そういうことね。安心したわ。こんな小さな町で殺人事件を起こされたら大騒ぎになるもの。

 15分後にそちらにうかがいます。


 電話を切って、久方はソファーにどさっと倒れ込み、大きなため息をついてから、だらしなく起き上がって出かける支度を始めた。








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