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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年12月

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2017.12.4 月曜日 サキの日記

 私なんかが文章を書いても、誰が読むだろう。

 そんな気分になる時がある。いや、いつもそんなことを考えてしまう。せっかく始めたFacebookの記事にあまり反応がないとか、自分のコメントに誰も反応してくれないとか、インスタにいいねがつかないとか。

 まるで、誰もいない世界で、ひとりごとを発し続けているかのよう。

 自分みたいなつまらない人間が書いたものなんて、誰が読むだろう?

 ネット上にはおもしろい人や才能のある人がたくさんいるのに。

 学校でもずっとそんなことを考えていて、授業を全く聞いていなかった。杉浦塾に行く予定だったけど、行っても勉強に集中できそうにないから、研究所に行った。所長はいつもどおりコーヒーを出してくれたので、朝から考えていたことをダラダラとしゃべった。すると、所長は二階から、スーザン・ソンタグの『良心の領界』という本を持ってきた。その本の始めのほうにこう書いてあった。


「検閲を警戒すること。しかし忘れないこと──社会においても個々人の生活においても、もっとも強力で深層にひそむ検閲は、()()()()です」


 それから所長はこう言った。


 サキ君は『自分なんかの書いたものが』って言うけど、それだと、今のサキ君と同じ境遇の人はみんな文章を書いちゃいけないことになってしまうでしょう。

 自分を否定しているように見えるけど、実はたくさんの他人を否定していることになるんだよ。

 自分と同じような人がいたとして、その人に向かって『お前に文章を書く資格はない』なんて言う人、いる?いないでしょ?

 自己否定って結局他者否定なんだよ。


 そして、近寄ってきたかま猫を撫でながら、こう続けた。


 僕もここに来た頃は、自分なんて生きていても仕方ないと思っていた。

 でも、それは違うんだ。自分と同じように虐待されてきた人達はみんな生きてちゃいけないのか?と考えたら、そんなはずはない、とすぐに気づいたよ。

 僕達はただ、普通の人より落ち込みやすい。

 それだけなんだと気づいた。


 今日は風が強い。窓が常にガタガタと揺れる。私達の心も常に揺れ動いていて、時々、地面の割れ目にはまったかのように沈んでいく。でも、はい上がる。

 自分と同じような他の誰かまで否定しないために。

 ソンタグの本には、『自分のことはなるべく考えないようにすること』みたいなことも書いてあった。

 本を読みなさい。

 旅をしなさい。

 所長は私のことをよくわかっている。だから私が求めているものをすぐに取り出して来れた。でもそれは、所長自身が強烈な自己否定にはまったことがあって、それを乗り越えてきたからだと思う。


 所長と付き合えばいいじゃん。

 もったいないよ。


 佐加がよく言う。そのたびに『そういう関係にはなりたくない』と言う。でも、こんなに自分のことをわかってくれている人と、あと3ヶ月しか一緒にいることができない。卒業式はすぐそこに迫っている。所長は神戸に、私は東京に帰る。

 なんとかならないんだろうか。



 研究所に行っても結城さんのことを思い出さなくなってきた。最初は天井からピアノが聴こえないことにものすごい違和感があったけど、最近、静けさに慣れてきた。

 時間が経ち、いろいろなことが起こり、

 人は変わっていく。




 平岸家に帰ったら、平岸ママとヨギナミが一緒にフラワーアレンジをしていて、『もう一人息子がいたら嫁にしたいのに』とか言ってた。

 なんでもできるヨギナミ。

 文章以外、何もできない私。

 いや、他人と比べるのはやめよう。人にはそれぞれ向き不向きがある。私は自分の人生に起きたことを書き続けよう。私のまわりにいた人のことを記録し続けよう。

 なぜなら、私には文章を書く資格があるからだ。

 誰にだって、そうする資格はあるからだ。



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