2017.11.22 水曜日 ヨギナミ
あの家を別な人に使ってもらわないかい?
平岸パパが言った。
移住先を探している人がいて、あの家に興味を持ってるんだよ。
ヨギナミは、すぐには返事できないと答えた。
学校が終わってから、佐加と、藤木も一緒に、ヨギナミのあの家に掃除をしに行った。ひととおりほこりを払い、掃除機をかけ、床や窓を拭いた。
一休みしたところで、佐加がバッグの中をごそごそとあさり、
これ、返すね。
と、ヨギナミに差し出したのは、母と自分が写っている写真だった。いつかの掃除の時に捨てようとして、佐加の母親が預かると言って持っていったものだ。
もう捨てちゃダメだからね。
佐加が少々厳しめの目つきで言った。
ヨギナミはその写真をよく見ずに、書類が入っているクリアファイルに入れた。それを見た佐加は少し悲しそうな顔をしたが、すぐに話題をお菓子に切り替えた。ヨギナミがお茶を入れ、佐加がお菓子を並べるのを、藤木は姿勢良く正座して見ていた。
ここに住みたがる人ってどんな人だろうね?
佐加が言った。
地方に移住したい裕福な人なんだと思うよ。
ヨギナミが言った。
でもこの辺、ほんとに草原しかないのにな。
藤木が言った。
それがいいんじゃね?北海道らしくてさ〜。本州の人が想像する北海道の景色ってまさにここじゃね?
草原と空でさ〜。
佐加がそう言いながらルマンドを一つつまんだ。
ヨギナミは、いいのか?
藤木が尋ねた。
うん。借金返せるし、私もここで一人で住むのはちょっとなって思ってたし。
ここはあくまでお母さんの、与儀あさみの家だった。
だから、お母さんがいなくなったら、もう役目は終わり。
私は別な所で自分の家を作りたい。
ヨギナミはそう言ってから緑茶をすすった。
そっか〜。
でも、この家が他の人のものになるのは寂しいな〜。
思い出たくさんあるし。
あ!そうだ!
佐加が突然大声をあげて手を叩いた。
卒業パーティー、ここでやんね?
最後の思い出にさ〜、
クラス全員で!
佐加はそう言ったが、ヨギナミと藤木は返事をしなかった。二人ともパーティーは苦手だからだ。
しかし佐加は構わずに話し続けた。
スギママと平岸ママも呼んでさ〜、
きっと平岸ママ、はりきってごちそう作りまくってくれると思うよ!
最後の思い出はここで作ろ!さっそくサキとあかねに連絡──
やる気いっぱいだ。止められそうにない。
ヨギナミと藤木は、そろってため息をついた。
夜。平岸アパートの自分の部屋に戻ったヨギナミは、書類ファイルからそーっと、母の写真を取り出した。
写真の中の母は、いつも機嫌が悪そうだ。
生きていた頃そうだったように。
佐加は捨てるなと言ったが、かといって、この不機嫌を部屋に飾る気にはなれなかった。
母は明らかに、自分を産んだことを後悔していた。残念ながらその事実は変わらない。
そういう風にしか生きられない人だったのだ。
ヨギナミは不機嫌な母の顔を見つめた。もうこの人はこの世にいない。もう世話をする必要も、嫌味に耐える必要もない。
写真はまたファイルの中にしまわれた。当分の間、取り出されることはないだろう。
世の中の大半の高校生は、親にきちんと世話をされて守られて暮らしている。でも自分はそうではなかった。昔から、自分の生活は自分で守らねばならなかった。それがヨギナミの宿命だった。今は平岸家に守られて、やっと普通の生活がどんなものかわかってきた。しかし、ヨギナミは、守られるには成長しすぎていた。
もう自分には、一人で生きていく力がある。
皮肉にも、それは母が弱かったせいで身についたものだと、ヨギナミにはわかっていた。




