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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年11月

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2017.11.20 月曜日 サキの日記

 カントクに『文章の書き方がとりとめないひとりごとみたいね』と言われた。いいとも悪いとも言われなかったけどなんとなく注意されたように感じる。もっときちんとした文章を書かないと。でも、私が書きたいのは大学の論文とか自己啓発のネット記事みたいなやつじゃない。昨日話題になってた皇室の人みたいな、由緒正しい『美しい日本語』を目指してるわけでもない。もっと、なんていうか──人間的なものだ。

 河合先生が、今度クラス全員で修平とビデオ通話しないかと提案してきた。HRに参加してもらおう、というわけ。もちろん反対する人はいない。問題は修平の体調。最近本は読めるらしいけど、話せる時間は相変わらず短いらしい。伊藤ちゃんが言ってた。

 今日は杉浦塾がなかった。杉浦がお母さんと鹿追町に行くとかで今日学校休んでたから。何か有名な湖を見に行ったらしい。あの杉浦がそんな理由で学校休むなんて驚きだ。でも、奴がいないと教室が静かでいい。最近ずっと伊藤ちゃんと『神はいない問題』でケンカしまくってて雰囲気悪かったし。

 研究所に行こうかと思ったけど、また幽霊の話されて昔を思い出すのは嫌だったので、やめた。この町に来てから私は所長にかまいすぎたし、お互い一人の時間が必要だと思うし。

 平岸家のテレビの間で佐加と宿題やってたら、あかねが飛び込んできて、


 孤児院を脱走した美少年が通りがかりの貴族の馬車に拾われて、一緒に旅をしながら愛を育むのよ!


 というBL妄想を聞かされた。あかねは最近、某そっち系のマンガ賞で入選してしまい、テンションが高止まりしてなかなか戻らないらしい。

 あかねがさんざん妄想を撒き散らしてスキップしながら去った後、


 もうやる気しね。


 と佐加がぼやいた。


 専門学校スキップして今すぐアパレルやりたい。


 気持ちはわかるけど今は勉強しようよと言ってたら、平岸ママがアップルパイを持ってきたので休憩にした。私は結城さんがアップルパイ好きだって言ってたのを思い出してぼんやりしてしまった。佐加は、昔のアリアナ・グランデのアルバムにめっちゃいい曲入ってたとか話してたけど、肝心の題名が思い出せない。確か男性の歌手と一緒に歌ってる曲だったと思う。


 うちがいなくなったら辰巳が寂しがるよね〜。

 遠距離だよ遠距離。

 うちら大丈夫かな〜って思っちゃう。


 と佐加は言った。それから、


 サキは?所長いなくなっても平気なの?


 と聞かれた。だからそういう仲じゃないんだってと言っといた。でもどうだろう。卒業したら、もう研究所にも行けないし所長にも会えない。

 その代わり、東京にはカフェやイベントがいくらでもあるし、大学でサークルにも入るし、カントクの劇団も手伝うし、小説も書くから──きっと忙しくなる。大丈夫だろう。

 大丈夫だよね?

 ここ2年、所長がいるのも、研究所にいつでも行けるのも当たり前になってしまっていた。私と所長はほとんど何でも話し合ってきた。所長がいたからこそ、秋倉での生活もできたし、昔のトラウマもなんとかやり過ごせた。話し相手になってくれていたから。何でも受け止めてくれていたから。

 これ以上、甘えちゃいけないと思う。



 部屋に戻ってから、私は小説の続きを書こうとした。秋倉高校に入ってから起きたいろんなこと──橋本という名の幽霊、学校祭、修学旅行──を思い出して、どの出来事をどのくらい書いたらいいか考えたけど、どれも大切なような、それでいてどれもどうでもいいような気がして、何から書けばいいかわからなくなってしまったので、結局やめて勉強に戻った。

 人間の暮らしは、細部の積み重ねで成り立っている。

 それを全部書いていたらきりがないのはわかってる。

 でも、私は何もかも書きたいのだ。起きたこと全て、話したこと全て、考えたこと全て、感じたこと、行動したことの全て、できなかったことの全てを。

 わかってる。そんなのムリだ。時間がかかりすぎる。

 でも。






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