2017.11.13 月曜日 サキの日記
私が書きたいのはこの毎日の生活。
『生きるって、何?』ということだ。
全世界の偉そうな人が人生を一行とか一言の『名言』でおまとめになってくれちゃってる。でも、私はそういうことをしたくない。例えば『人生は愛だ』とか。うん。別に間違ってはいない。でも他にもいろいろあったでしょって思う。
私はその『いろいろ』を取りこぼしたくない。人間に多様性があるなら、人生にもいろいろな面があるはずだ。一つの部分だけを取り上げて他の部分を忘れたら、それはもう『人生』ではないのではないかと私は思う。
今日は勉強するために杉浦塾に行ったんだけど、全然関係ない話ばかりして、しかもカフェに出かけたりして3時間が終わってしまった。
最近所長はどうしているのかと杉浦に聞かれて『あいかわらず毎日草原を散歩して、昨日は初雪に感動してLINEくれた』と答えたら、
久方さんは、レイチェル・カーソンが『センス・オブ・ワンダー』と呼んだものを体現しているね。
と杉浦が言った。それから『自然を美しく感じる能力』が人によって違うのはなぜなんだろうという話になった。ある人は『どうしても実物が見たい』と世界中を飛び回るが、ある人は『景色なんて写真でいい』とSNSばかり見てそれで満足する。両者の違いは何なのか。私は所長(と今までの辛い人生)のことを思うと、生まれつき持った『感性』じゃないかと思ったんだけど、杉浦は『自然を感じる心は鍛えられる』と言う。杉浦の場合『自然にはエネルギーがある』と書かれた本(題名忘れた)を読んでから、自然の力を感じられるようになったというのだ。
それは自分の頭で作った空想ではないんだろうか。でも、そういえば私も秋倉に来るまでは自然を観察したりとか全くしてなかったし、所長に影響された部分はある。そう考えると、自然を美しく思う感性は後で学べると言えるのかもしれない。
どうかね。みんな勉強にも飽きてきただろう。
少し外を歩いて新鮮な空気を吸わないか?
杉浦が言ったので、今日来てたメンバー、私、杉浦、佐加、伊藤ちゃん、勇気、保坂の6人で秋倉の草原を歩いた。駅前通りと、平岸家がある草原通りの間には、だだっ広い草原がある。『何もない町、秋倉』と時々皮肉られるのも、町のほとんどが草原か牧草地だからだ。でも、所長はこの景色を見て『何もないようで、全てがある』とよくつぶやいている。
その『全て』が何なのか、わかるようで表現しづらい。みんなにその話したら、
言ってることはわかる。
でも説明しろと言われるとできない。
と勇気が言った。
ここにいないとわかんない感覚だべ。
と保坂は言った。
私は自然の中に神を感じる。
伊藤ちゃんが言った。
みんな、説明できないなりに自然を、草原や草を感じていた。
それは特別な瞬間だった。みんなが何だかわからないけど同じものを感じて理解しているという。
なのに、なのにだ。
ところで『宗教を信じる人は判断力が低い』という研究結果があるのを知ってるかな?
杉浦が余計なことを言い出して、その場の雰囲気は台無しに。
つまり、何かを信じすぎているとそれに引っ張られて判断を誤るということなんだが──
そんなことありません!
伊藤ちゃんがマジで怒り出した。
神は私達を正しい答えに導いてくださいます!
そもそも『正しい答えがある』と思い込んでいることこそが判断を狂わせるのではないのかね。
無神論杉浦とガチの信者伊藤ちゃんのバトルが始まってしまった。マジで怖いので『カフェに行こう!ケーキ食べよう!』とみんなでカフェに連れてったんだけど、そこでも二人の言い合いは止まらなかった。
伊藤ちゃんが言うには『さっき杉浦は自然にエネルギーがあることを認めていたのに神を否定するのはおかしい』と言う。杉浦は『エネルギーと神は別物』だと言う。神が人を創ったと信じている伊藤ちゃんと、人間が神を『想像力で創った』と考えている杉浦は、どこまで行っても理解し合えないようだった。
気まずい雰囲気が続いた上に、カフェにいた知らないおじさんに『公共の場所で宗教の話題はだめたよ。ほら、もめてるだろ?』と言われたので仕方なく謝ったが、なんで私が謝らなきゃいけないんだ。杉浦め。
私が神についてどう思うかというと──うーん、よくわからない。パワースポットは信じる。でも、伊藤ちゃんみたいなガチの信者には引くし、かといって杉浦にもあまり味方したくない。
不登校時代に本を読みすぎたので、宗教やスピリチュアルの本にもけっこう手を出したけど、だいたい『何か人間より偉大なもの』があって、その力を使って『成功しようとする』話が多かった。結局は『成功』が大事なのだ。引き寄せの法則もそうだし、神の力を借りるスピリチュアルもそう。
私はそういう『何か大きなもの』よりも、自分が生きて感じたこと、日常のささやかなこと──例えば平岸ママが焼いたケーキの色とか、所長が出してくれるコーヒーの香り──そういう細かいことを大事にしたいのだ。(その割には細部を描写するのは苦手で、こないだカントクに『もっとまわりをよく見て情景描写を細かくしなさい』と注意されたばかりなのだけれど)。
自己中かもしれないけど、私は自分自身が感じたことを大事にしたいし、それを文章にしたい。何か大きな『神様』とか『エネルギー』の言うことではなく。




