表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年11月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1016/1131

2017.11.11 高谷修平 伊藤百合

「一日の半分は、どうして自分はこうなんだろうと考えてる。世の中のほとんどの人が外で自由に暮らしているのに、なぜ自分はベッドから動けないんだろう?なぜこういう運命なんだろうと」

 画面の向こうの百合に向かって、修平は語りかけた。

「残りの半分は、生きててよかったと思ってる。体力や気力が限られていても、生きていて、何かを感じて、考えることができる。

 秋倉に住んでいた頃の思い出もできた。心の中では、いつでも草原の町に行って、景色や風を思い出すこともできる」

 そこで一呼吸置いてから、修平はこう続けた。

「先生が言っていたことを思い出す。『産まれてきてしまった者はみんな、生きていていいんです。いや、生きて、幸せにならなきゃいけないんです』そういうことをよく言っていた。俺が、例えば『病気で病院から出られないのに、生きてる意味があるんだろうか』と思ってしまうたびに、先生はそう言っていた。

 俺、神はいると思う。

 先生をこんな形で俺のもとに遣わして、一時的に健康な人の世界を見せたのは、それを教えるためだったんじゃないかと思う。本当はもっと早く死んでたはずだったのに、先生の力で生き延びた。

 一人で生きられるようになるまでの時間をもらった。

 嘆いてばかりいるのではなく、現状の自分で、できることをやって生きること。

 それが幸せな人生なんだって。

 理想ばかり思い浮かべて『こうだったらいいのに』と思うんじゃなく」

 それから笑って、

「なんか、うまく言えねえなあ」

 とつぶやいた。

「修平は、健康な人がうらやましい?」

 百合が尋ねた。

「それは常に思ってた。でも今はそうでもない。この立場だからこそわかることがたくさんあるから」

 それから修平はこう言った。

「俺みたいな人がいるって、世の中の人にもっと知ってほしい。生まれつき病気があって、病院から出られなくて、でも、ちゃんと考えながら毎日努力して暮らしていて、外の世界とつながりたがってる。そういう人がたくさんいるってことを、外の世界で暮らしてる人達にもっと知ってほしい。理解してほしい」

 それから、こう尋ねた。

「そっちの天気はどう?」

「今日はずーっと雨」

「そっか。雨の音する?」

「すごくしてる。降り方が強いから」

「そうか〜」

 修平がため息まじりに言った。

「懐かしいよ。雨の音」

 修平は目を閉じて、平岸アパートに住んでいた頃聞いていた雨の音を思い出していた。その間百合は修平の顔をじっと見つめていた。

 今すぐ飛んでいって、顔をなでてあげたい。

 抱きしめてあげたい。

「2月に受験があるから、そっちに行ける」

 百合が言った。

「昨日わかったんだけど、新橋さんが同じ大学を受けるの。だからたぶん一緒に東京に行くことになると思う」

「2月か。受験近いもんな。勉強してる?」

「当たり前でしょ」

「当たり前かぁ」

 修平が笑った。今の修平には勉強できることは『当たり前』ではない。

「絶対受かれよ」

「もちろん」

「でもサキは連れてこなくていいよ。あいつ余計なこと言いそうだもん」

「最近ら小説を書くのに夢中みたい」

「おーい、勉強しろよ」

 修平は呆れた。

「あいつさ、人生ナメてる感じしない?やっぱり育ちなのかな?」

「そう?私の目には、真剣に人生について考えているように見えるけど」

「考えてるだけなんだよなあ。まあいいよ、サキの話は。久方さんどうしてる?」

「保坂が言ってたんだけど、結城さんがいなくなって生活が乱れてるとかで」

「あの人、一人にしとくとヤバそうだな。早く神戸帰った方がいいよ」

「でも、新橋さんが高校卒業するまではいるって」

「やっぱサキなんだよな〜」

 修平は顔をしかめた。

「いいかげんくっつけよお前らって思うけどね」

「でも、こればっかりはどうしようもないと思う。人の気持ちだから」

「いなくなってから気づくんじゃない?そんな気がする」

「私もいなくなってから気づいた」

 百合が暗い顔をした。

「大丈夫、俺はまだいなくなってないから」

 修平が少し偉そうに笑った。百合も笑みを返した。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ