2017.11.11 高谷修平 伊藤百合
「一日の半分は、どうして自分はこうなんだろうと考えてる。世の中のほとんどの人が外で自由に暮らしているのに、なぜ自分はベッドから動けないんだろう?なぜこういう運命なんだろうと」
画面の向こうの百合に向かって、修平は語りかけた。
「残りの半分は、生きててよかったと思ってる。体力や気力が限られていても、生きていて、何かを感じて、考えることができる。
秋倉に住んでいた頃の思い出もできた。心の中では、いつでも草原の町に行って、景色や風を思い出すこともできる」
そこで一呼吸置いてから、修平はこう続けた。
「先生が言っていたことを思い出す。『産まれてきてしまった者はみんな、生きていていいんです。いや、生きて、幸せにならなきゃいけないんです』そういうことをよく言っていた。俺が、例えば『病気で病院から出られないのに、生きてる意味があるんだろうか』と思ってしまうたびに、先生はそう言っていた。
俺、神はいると思う。
先生をこんな形で俺のもとに遣わして、一時的に健康な人の世界を見せたのは、それを教えるためだったんじゃないかと思う。本当はもっと早く死んでたはずだったのに、先生の力で生き延びた。
一人で生きられるようになるまでの時間をもらった。
嘆いてばかりいるのではなく、現状の自分で、できることをやって生きること。
それが幸せな人生なんだって。
理想ばかり思い浮かべて『こうだったらいいのに』と思うんじゃなく」
それから笑って、
「なんか、うまく言えねえなあ」
とつぶやいた。
「修平は、健康な人がうらやましい?」
百合が尋ねた。
「それは常に思ってた。でも今はそうでもない。この立場だからこそわかることがたくさんあるから」
それから修平はこう言った。
「俺みたいな人がいるって、世の中の人にもっと知ってほしい。生まれつき病気があって、病院から出られなくて、でも、ちゃんと考えながら毎日努力して暮らしていて、外の世界とつながりたがってる。そういう人がたくさんいるってことを、外の世界で暮らしてる人達にもっと知ってほしい。理解してほしい」
それから、こう尋ねた。
「そっちの天気はどう?」
「今日はずーっと雨」
「そっか。雨の音する?」
「すごくしてる。降り方が強いから」
「そうか〜」
修平がため息まじりに言った。
「懐かしいよ。雨の音」
修平は目を閉じて、平岸アパートに住んでいた頃聞いていた雨の音を思い出していた。その間百合は修平の顔をじっと見つめていた。
今すぐ飛んでいって、顔をなでてあげたい。
抱きしめてあげたい。
「2月に受験があるから、そっちに行ける」
百合が言った。
「昨日わかったんだけど、新橋さんが同じ大学を受けるの。だからたぶん一緒に東京に行くことになると思う」
「2月か。受験近いもんな。勉強してる?」
「当たり前でしょ」
「当たり前かぁ」
修平が笑った。今の修平には勉強できることは『当たり前』ではない。
「絶対受かれよ」
「もちろん」
「でもサキは連れてこなくていいよ。あいつ余計なこと言いそうだもん」
「最近ら小説を書くのに夢中みたい」
「おーい、勉強しろよ」
修平は呆れた。
「あいつさ、人生ナメてる感じしない?やっぱり育ちなのかな?」
「そう?私の目には、真剣に人生について考えているように見えるけど」
「考えてるだけなんだよなあ。まあいいよ、サキの話は。久方さんどうしてる?」
「保坂が言ってたんだけど、結城さんがいなくなって生活が乱れてるとかで」
「あの人、一人にしとくとヤバそうだな。早く神戸帰った方がいいよ」
「でも、新橋さんが高校卒業するまではいるって」
「やっぱサキなんだよな〜」
修平は顔をしかめた。
「いいかげんくっつけよお前らって思うけどね」
「でも、こればっかりはどうしようもないと思う。人の気持ちだから」
「いなくなってから気づくんじゃない?そんな気がする」
「私もいなくなってから気づいた」
百合が暗い顔をした。
「大丈夫、俺はまだいなくなってないから」
修平が少し偉そうに笑った。百合も笑みを返した。




