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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年11月

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2017.11.10 金曜日 サキの日記

 冷たい雨の日。結城さんがいない研究所。

 結城さんがいた部屋には、今は机と椅子だけが残されていた。

 私は椅子にすわってしばらく、ここで結城さんは何を考えていたんだろうと考え、今までのことを思い出していた。一緒に居酒屋に行った時のこととか、冷たくあしらわれた時とか、音楽の話をした時のことを。

 たぶん1時間くらいぼんやりしていた。時々所長が様子を見に来ていることに気づいたけど、話しかけてこなかったし、こっちも考え事に夢中で声をかける気にならなかった。

 その後1階に降りてコーヒーを飲んで、母が出てるドラマの話とか、杉浦塾の話とか、どうでもいい話を所長として、あかねが怒鳴り込んでくる前に帰った。

 

 今日、平岸パパは札幌に行っていていなかった。所有しているマンションでトラブルがあったらしい。マンションいくつ持ってるんですがって聞いたら、平岸ママが、


 数えたことがないからよくわからないわ。


 と言った。今日初めて聞いたんだけど、平岸パパは早くに両親を亡くしていて、高校生の時にはもう『おばあちゃんから相続したボロアパート』の大家をしていたという。うちの父から『あいつのアパートでよく遊んだ』という話は聞いたことがあったけど、まさか所有している物件だったとは。その後物件を少しずつ増やしていって、今に至るらしい。平岸家の豊かさは不動産収入から成っていて、たくさんの学生が恩恵を受けているが、そこには、普通の家庭に憧れていた平岸パパの思いも入っているらしい。

 私はできれば、同じ豊かさを文章からもらいたい。不動産とか株の才能はたぶんないし。

 部屋に戻ってから、今日結城さんの部屋で考えたことをパソコンに打ち込んでいた。いつか、恋愛小説とか、エッセイを書く時にネタに使えると思って。

 こんなことを考えられる時点で、私は結城さんを失った(元々得てもいなかったけど)悲しみから少し距離を置くことができるようになったということなのだろう。もちろん今も悲しいけど、前みたいに泣く気はしない。

 時の流れが傷を癒やしてくれる。

 最近それを実感する。

 前に本で読んで知ったつもりになっていたこと、実は『何も知らなかったんだ』と実際に体験して気づく。本を読んだ数だけで賢いと思っていた昔の私は、実は何も知らない無知な存在だった。

 物事は、実際に体験しないとわからないものなのだ。

 もちろん本を読むのが無駄とは言わない。予備知識があった方がやりやすいことはたくさんある。でも、人生の問題──恋愛とか、人間関係──は、やはり自分で体験しなくてはいけないものなのだ。





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