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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年11月

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2017.11.9 木曜日 研究所

 朝、久方は朝食のコーヒーを飲みながら、『橋本の棚』をじっと見つめていた。いつか、橋本のために作ったパーソナルスペースで、そこには黒いリュックや、松井カフェでもらったチラシ、ヨギナミがくれたのであろうお菓子、佐加が持ってきたと思われるシャツなどが置いてあった。

 これ、どうしようかな。

 久方はずっと考えていたのだが、なかなか手をつけることができず、とりあえず気分を変えるために散歩に行くことにした。

 空気は冷えている。朝雨が降ったせいもあるが、気温はもう10度を大きく下回っている。そろそろ雪が降ってもいい頃だ。待ち遠しいような、降ってほしくないような複雑な気持ちになる。

 今年の冬は結城がいない。もともと雪かきの手伝いは全くしない男だったので、いてもいなくても大して変わらないのだが。今思うと、ピアニストだから手を痛めるようなことはしたくなかったのかもしれない。


 あいつは今まで、無償で車を出してくれてたんだなあ。


 今まで車に乗せてもらった(というより『無理やり放り込まれた』)時のことを思い出し、久方は草原で一人立ち止まっていた。


 いい奴だったんだなあ。


 風が強く吹いて、久方に進むよう促した。久方はまた歩き出した。すると、向こうから小さな人影が近づいてきた。


 あ!久方さ〜ん!


 本堂まりえだった。


 おはようございます〜。

 昨日のテレビ見ました?サキちゃんきれいでしたね。

 お母さんよりサキちゃんの方が女優に見えましたよ?


 早紀と母親のインタビューが昨日放送されたのだ。


 サキちゃん、何か言ってました?


 今日はまだ話してないです。


 学校もきっと大騒ぎなんじゃないですか〜?

 サキちゃん、作家になりたがってるんですね。


 そうですね。


 インスピレーションになりそうなものを探してるって言ってましたよね。

 私も今、新作をどうしようか悩んでて、

 なかなか思いつかないんで散歩に出たんですけど──。


 ふと、まりえが立ち止まり、久方の全身をまじまじと見た。


 どうかしましたか?


 いえ、ウフフ。


 まりえは意味ありげに笑ってから、


 私、いいことを思いついたので帰りますね。


 と言って、走っていってしまった。

 何だったんだ?

 久方は不思議に思ったが、まわりの草が雨露と日光できらめいていることに気づいたので、気にしないことにしていつもの自然鑑賞を楽しんだ。





 すごいんですよ。知らない人からもメールとか来てて。


 午後、早紀が番組の反響を話しに来た。


 なんか、一回も話したことのない同級生からいきなり電話かかってきて、お前誰だよ、なんで私の番号知ってんだよって思いました。

 ちょっと怖いですね。

 でも、一番多かったのは『二宮由希があんなに面白い人だとは思わなかった』ってやつです。今までプライベートを語ったことがほとんどなくて、真面目な女優だと思われてたんですね。本当は40代の娘なのに。


 そこで一呼吸置いてから、


 公の場で『作家になりたい』って言っちゃったんで、いよいよ作品作りしなきゃいけなくなりました!

 小説を進めたいと思います!

 ところで所長、私がこの町に来た時どう思いました?

 あの頃秋倉で何してたんですか?


 昔のことを次々と尋ねられ、久方は困惑しながらも正直にそれに答えた。橋本が不意に体を乗っ取るので恐怖を感じていたこと、結城が彼を追い払ったり、久方の話し相手をする役割をしていたこと──


 私が来る前にも、橋本に苦しめられてたんですね。

 もっと早く言ってくれればよかったのに。


 幽霊の話なんていきなりしたって信じないでしょう。


 そうですけど〜。


 早紀はコーヒーカップを手にとってから、


 結城さん、一生懸命所長の面倒見てたんですね。

 それってやっぱり奈々子のこととか、小さい頃の所長のことがあったからなんですかね?


 早紀が遠い目をして、切なそうな顔をした。

 ああ、まだこの子は結城を忘れられないんだな。

 久方は思った。少々複雑な気分になったが、


 いや、それもあるけど、

 あいつは根がいい奴だったんだよ。

 態度は悪すぎたけど。


 と言って笑った。そしてこう言い添えた。


 こんなことを言う日が来るとは思わなかったけど、 

 僕も、あいつがいなくなってすごくさびしいんだ。





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