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早紀と所長の二年半  作者: 水島素良
2017年11月

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2017.11.5 日曜日 ヨギナミ 杉浦塾

 杉浦の家に受験組とヨギナミがいた。塾が開催されているからだ。ヨギナミはもう試験が終わっているので勉強する必要はないのだが、やることがなく暇なのと、杉浦と一緒にいたいという思いもあり、佐加を抑える役として来ていた。しかし、佐加は意外と真面目に勉強していた。ファッション系の仕事にどうしても就きたいので、今が大事な時だとわかっているようだ。

 最初の1時間は静かだった。しかし、集中力の途切れてきた早紀があたりを見回し始めた。杉浦が『どうかしたのかな?』と言って近寄っていくと、


 別になんでもない。


 と手元に視線を戻したが、今度は高条の方をちらちらと見ていた。何だろうとヨギナミは思ったが、尋ねるとややこしいことになりそうなので、佐加に数学を教えることに専念した。


 君は今日気になることがあるようだね。


 落ち着きのない早紀にまた杉浦が近づいていった。


 あのさあ。


 早紀が言った。


 杉浦って、好きな人いるの?


 ヨギナミは驚き、隣の佐加も早紀の方を見た。


 突然何を言い出すのかね。


 杉浦は特に驚くことなく笑っていた。


 いや、杉浦みたいに本にしか興味がないホソマユでも、人を好きになることあるのかなと思って。


 早紀は真顔で言った。


 僕だって人を好きになることはある。

 当たり前だろう。


 杉浦が言った。


 ええっ!?マジ?誰?誰?


 佐加が身を乗り出して叫び、ヨギナミは──廊下に飛び出していった。







 どうしよう。戻りたくない。


 廊下の奥、本だらけの階段の裏で、ヨギナミは座り込んで悩んでいた。もう10分くらいは経ったと思うが、みんなの前に出ていく気がしない。

 ヨギナミが杉浦のことを好きなのはみんな知っている。佐加がバラしまくったせいで。なのに杉浦があんな話をするということは、他に好きな女の子がいるということかも──嫌だ。そんな話は聞きたくない。


 ねえ。


 いつの間にか隣に高条がいた。ヨギナミは驚いて隣の本の山にぶつかり、崩れ落ちた数冊を高条が拾った。


 何だよこの汚え本、いつのだよ。もう捨てろって。


 高条は言いながら本を山に積み直し、


 もう誰も話してないから、戻ってきなよ。


 と言った。


 杉浦の好きな人って誰?


 ヨギナミは恐る恐る聞いてみた。


『古典文学を理解していて、高い文化圏で育った知的な女性』だって。どうせ自分で考えた妄想だって。


 ヨギナミはびくっと震えた。

 それは、どう考えても私じゃない。


 ヨギナミさ、あいつはやめといた方がいいよ。

 たぶんヨギナミには興味もってないよあいつ。


 ヨギナミは立ち上がり、高条を無視して廊下を歩き出した。


 マジだって。一万円賭けてもいい。

 あいつに好きな人がいたとしても、それはヨギナミじゃない。


 聞きたくなかった。

 高条にはしばらく会いたくない。しばらくカフェに行くのはやめておこう。学校でも話さないことにしよう。

 そう思いながらヨギナミは部屋の引き戸を開けた。杉浦が佐加の隣に座って、化粧品によく使われる物質の説明をしていた。なんでそんなことまで知っているのだろう?杉浦には知らないことはないのだろうか?


 いや、杉浦は知らない。

 私のこの想いを、何も知らない。


 ヨギナミは小さい頃から『母の友人の息子』である杉浦とは仲良くしていた。一緒に育ったようなものだし、大人になってもずっと一緒だろうと勝手に思っていた。いつかは結婚して、子供が産まれて──


 でも、それは私の勝手な思い込みだったのかもしれない。


 ヨギナミに気づくと杉浦はすぐ元の位置に戻った。何も言わずに。ヨギナミが座ると佐加が、


 あいつコスメの成分暗記してるんだよ。

 おかしくね?


 と小声で言った。『好きな人』の話には触れないつもりらしい。

 後から戻ってきた高条が杉浦に化学の問題を聞いていた。杉浦がよどみなく答える声に、ヨギナミは音楽を聴くように耳を傾けていた。

 人に何かを説明する時の大きな仕草、笑い方。

 全てが好きなのに。

 今のヨギナミには、目の前にいるはずの杉浦が、初めて、遠くの存在のように思えた──。







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